リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第5回は、スティーヴィー・ワンダーが1972年に発表したアルバム『トーキング・ブック』に収録する「迷信」(原題「Superstition」)を分析します。ほぼすべてのパートを“一人多重録音”するそのスタイルは、どのようなグルーヴを生んでいるのでしょうか。
『トーキング・ブック』
スティーヴィー・ワンダー
(ユニバーサル)
ファンクを定式化
スティーヴィー・ワンダーの「迷信」は1972年の全米チャートNo.1ソングで、日本でもよく知られているスティーヴィーの代表曲の1つです。今回は、あまりにも有名な本曲の特にドラムに注目して、そのグルーヴに迫ります。
1950年生まれで、12歳でレコード・デビューしてから現在まで、世界の誰もが知る偉大なキャリアを持つスティーヴィー。彼が強烈なオリジナリティを持ってポピュラー音楽を革新したのは、1972年の『心の詩』から1976年の『ファースト・フィナーレ』まで、主にシンセサイザー/エンジニア・チームのTONTO(マルコム・セシルとロバート・マーゴレフのデュオ)とがっちり組んでいた時期です。シンセサイザーを多用した一人多重録音による革新的なサウンドと新しいスタイルの楽曲群は、後続の音楽に与えた影響という意味においてザ・ビートルズと双璧なのではないでしょうか。
楽曲の形式/ジャンルから見ると「迷信」は、1960年代後半からジェームズ・ブラウン、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなどを通じて盛んになってきたファンクを“定式化した”と言えます。“テンポはこのくらい”“ドラムとベース(シンセ・ベース!)はこのパターンで”“キーボード(クラビネット)やホーン・セクションのリフはこんな感じ”というような具合です。出来栄えが素晴らしすぎて、すっかり後続の音楽家たちはこの曲をなぞることになりました。もちろん、「迷信」以前に元になる先達たちの楽曲があるのですが、現場でのクリエイティビティが圧倒的というのもビートルズと共通するところです。
本曲はジェフ・ベックとのジャムで生まれていて、ジェフがドラムで遊んでいるところに加わったスティーヴィーがどんどんリフを作っていったそうで、曲のキーが(キーボードに合わせた)E♭なのには納得がいきます。ちなみにジェフは、ベック・ボガート&アピスなど自分のバージョンではギターらしくEをキーに演奏していて、ファンクというよりはハードロックのニュアンスになっています。
リズム本体を成すドラムとクラビネット
「迷信」のイントロは、冒頭4小節はドラムのみ、次の8小節でシンセ・ベースとクラビネットが加わるという、とてもシンプルなものですが、これだけでファンクのエッセンスが明示されるのが見事です。プロデューサーのマーゴレフによれば、この曲の録音はクリックなしで、いきなりドラムを一曲通して録ったものにダビングしていったそうで(トランペットとテナー・サックス以外はすべてスティーヴィーの演奏)、のちにドラムをバーナード・パーディの演奏に差し替えてみようとしたのですが、元のトラックのテンポが揺れているためにうまくいかなかったそうです。
冒頭フィルイン後の2小節のドラムをループにすると、画面❶のようになります(Audio❶)。
♩=97.06と、程よく落ち着いたテンポで、さまざまな楽器が絡んで大きく盛り上がる、ダイナミクスをはらんだテンポ設定と言えます。ドラム・パターンはとてもベーシックなもので、バスドラは4つ打ち、スネアは2拍・4拍、ハイハットは16分音符の裏がちょうどいいくらいに跳ねて(スウィングして)います。
2拍・4拍ではスネアとバスドラが一緒に鳴っているのですが、2拍・3拍のバスドラだけが鳴っているところと波形を比較すると、スネアとバスドラがどのくらいずれているのかを推察することができます。スネアのほうが音が高いため波形の間隔が狭く詰まっています。間隔が詰まった波形から、広く横に伸びた波形に変わっているとバスドラがスネアより後ろにあることを示し、逆に広い波形から詰まった波形に移っているとバスドラが先に鳴ってスネアが後だと判別できます。2小節4拍目は画面❷のような波形になっていて、グリッドのジャストの位置でスネアが鳴り、10msくらい後ろでバスドラが鳴っていると予想できます。コピーする際は、この位置に実際にデータを置いて音色が似てくるかどうかで最終的に判断します。なお、このパターンにおいてハイハットは、拍頭以外ではほかに鳴っている楽器がないため、タイミングや音色、音量をコピーしやすいです。
スティーヴィーのドラムの音色はとても個性的で、ライブ映像で見るとどんなドラム・キットを使っても大体同じ音色感です。スティックの持ち方が独特で、高い位置から突き刺すイメージ。あまりバウンスさせないため音が塊で太く鳴り、生ドラムとアナログ・リズム・マシンの中間のようでファンクに最適の音色と言えるかも知れません。ハイハットもハイエンドが少なめの音です。ハイハットの音色のたたき分けも実に的確で、跳ね具合のタイミングはもちろん、音の長さ/大きさが見事にコントロールされています。
バスドラのタイミングは、1拍目はジャスト、2・3・4拍目はグリッドよりも15〜20msくらい遅れます。これに対してスネアは10msほどバスドラより前に位置し、グリッドに対してはほぼジャストです(多少前後に揺れています)。ハイハットは、拍頭はバスドラと同じ、8分音符の裏はグリッド位置で音が長く、16分音符の裏拍はほぼ16分3連の3番目の位置まで正確に跳ねています。バスドラやスネアの音量もちゃんと表情が付いていますが、ハイハットの音量のダイナミクスの付け方は素晴らしく、ずっとループにして聴いていても全く飽きることがありません。
「迷信」のグルーヴをドラムとともに決定付けているのがクラビネット(電気式クラビコード)によるリフです。ダビングで6トラック重ねられ編集されているのですが、典型的な部分を取り出すと画面❸のようになります(Audio❷)。
音を極端に短く切ってエレキギターによるカッティングと同じようなキレを生んでいるのが素晴らしく、ドラムとともに「迷信」のリズムの本体を成しています。タイミングとしてはドラムと同じくグリッドからやや遅れ気味(特に8分音符の裏)で、16分音符は3連とストレートのタイミングをフレーズの流れでうまく組み合わせています。ドラムと合わせるとAudio❸のようになります。
技術的に上手でも再現できない
「迷信」ではドラムとクラビネット以外にも、シンセ・ベース、トランペットとサックスの2管ホーン・セクション(これも数回ダビングされている)、もちろんスティーヴィー自身の歌も含めてすべて強力で、それぞれにグルーヴしまくっています。クリックを使わない生演奏でメロディのフェイク、曲の区切りでの全パートの盛大なフィル・イン、テンポの変化などで曲がどんどん盛り上がっていきます。驚くのは、このほとんどをスティーヴィー一人の多重録音で実現していることです。感じているグルーヴの軸が明確な中で、それぞれのパートが微妙にずれたりはみ出したりしながらアンサンブルを自在に歌っている。それぞれがベーシックなパターンをキープしながら変奏していく理想的な展開で、ループで分析できるのはそのエッセンスとなっている部分です。
さて、スティーヴィーは「迷信」発表以降現在に至るまで、さまざまな場面で「迷信」をライブ演奏してきました。幾つかを確認してみると、それぞれに良さはあるものの1972年のスタジオ録音版ほどのアンサンブル精度に達しているものはありません。技術的にいくら上手なドラマーがたたいても、スティーヴィーのニュアンスが再現できないのが難点になっていて、ライブでこれを実現するにはスティーヴィーが同時に複数人存在しないと無理というわけです。
横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。