【第2回】コリンズ兄弟の妙技が光るジェームス・ブラウン「セックス・マシーン」〜横川理彦のグルーヴ・アカデミー

【第2回】コリンズ兄弟の妙技が光るジェームス・ブラウン「セックス・マシーン」〜横川理彦のグルーヴ・アカデミー

リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第2回は、“ファンクの帝王”として名高いジェームス・ブラウンが1970年に発表し、“ゲロッパ!”として日本でもおなじみの楽曲「セックス・マシーン」のグルーヴを分析します!

『20 All-Time Greatest Hits!』
ジェームス・ブラウン

曲作りはジャム演奏から

 ジェームス・ブラウン(1933〜2006年。以下、JB)の長いキャリアの中でも、1970〜71年、ウィリアム“ブーツィー”コリンズ(b)とフェルプス“キャットフィッシュ”コリンズ(g)の兄弟が在籍した期間のリズムのキレ具合は驚異的です。

 JBは、デビューして10年ほどは伝統的なR&Bのスタイルだったのですが、1964年のシングル「アウト・オブ・サイト」や「ナイト・トレイン」辺りからリズムを強調し、コード展開は少なめ、メロディを歌うというよりはシンプルな歌詞をリズミックにシャウトする、JBオリジナルのファンク・スタイルを生み出していきました。曲作りの方法は、大まかなアイディア(主に歌詞)ができるとスタジオにバンド・メンバーを集め、テンポを指定してジャム演奏させます。“これだ!”というリズム・パターンやリフができると、それをさらに発展させ、口頭か身振りで各パートをまとめていきます。JBのボーカルとコーラス(主にボビー・バード)は常にコール・アンド・レスポンスの形です。

 JBの指示でサビに移ったり、楽器の出入りを決められるので、バンドはJBの挙動に集中しないといけません。1970年の「ファンキー・ドラマー」では、ドラムのクライド・スタブルフィールドがいきなりドラム・ソロを指定されていますが、少しも慌てず、ひたすらグルーヴをキープしています。

 1970年にギャラ問題で揉めたJBは、メイシオ・パーカー(sax)をはじめ、ほとんどのメンバーを解雇(ドラムのジョン“ジャボ”スタークスのみ居残り)。かねてより目をつけていた若手バンドThe Pacemakersを、ほぼそのまま自分のバンドに採用しました。ここにブーツィーとキャットフィッシュもいて、JBはことのほかブーツィーを気に入り、自分専用のプライベート・ジェットにも特別待遇で同伴させるほどでしたが、やがてブーツィーがLSDでライブ演奏に支障をきたすようになると解雇しています。ブーツィー在籍時は、アンサンブルの中でベースの重要度がとても高くなり、録音物を聴いてもベースの音量が大きいです。YouTubeにはブーツィー在籍時の1971年、パリやボローニャでのライブの映像がありますが、いずれを見てもブーツィーの演奏は驚異的。キャットフィッシュの演奏も素晴らしく、2人のダンス・ステップのシンクロ具合もすごい(JBが圧巻なのは言うまでもありません)。なお、この時期のライブでは、スタブルフィールドとスタークス、2人のドラマーがいますが、曲によってどちらかがたたいており、ダブル・ドラムでは1曲も演奏していないのも印象的です。

アンサンブルが生み出すグルーヴ

 ブーツィー在籍時のJBのスタジオ録音物としては、1971年のシングル「セックス・マシーン」と「スーパー・バッド」が双璧です。今回は、よりテンポが遅くファンクに忠実な「セックス・マシーン」(♩≒109)を取り上げることにしました(「スーパー・バッド」は♩≒127)。

 スタジオ版の「セックス・マシーン」をABLETON Liveに取り込み、まずテンポ・マップを描いてみました。基本的にクリックなしの一発録音(すべてのパートを同時に録音すること)と思われ、テンポは最初♩=108.76でスタートし、微妙にアップ・ダウンを繰り返して、最速が♩=110、一番遅いところ(何回か挟まれるピアノ・ソロ)で♩=107です。JBの歌きっかけでテンポ・チェンジすることがしばしばあるので、リズム隊とボーカルを同時録音したのは確実でしょう。録音は、わずか2テイクで済んだそうです(RJ Smith著:『The One: The Life and Music of James Brown』より)。

 どのパートも、演奏のキレとタイトさが見事です。ベースがよく聴こえるミックスですが、それにも増してギターのカッティングのバランスが大きく、JBのリード・ボーカルよりもさらに前にいるのが印象的です。

 次に冒頭付近の2小節をループにして、ドラム、ベース、ギターをコピーしてみました(画面❶Audio❶)。

画面❶ 「セックス・マシーン」をコピーしたABLETON Liveのプロジェクト画面。最上段に楽曲のオーディオ・データを貼り付け、その下にドラム、ベース、ギターをコピーしたMIDIトラックが並ぶ

画面❶ 「セックス・マシーン」をコピーしたABLETON Liveのプロジェクト画面。最上段に楽曲のオーディオ・データを貼り付け、その下にドラム、ベース、ギターをコピーしたMIDIトラックが並ぶ
Audio❶

 ドラムはとてもシンプルな2ビートと言えるパターンで、裏拍が少し遅れることで若干シャッフルしています(Audio❷)。 

Audio❷

 ハイハットは、ライブではちゃんと8分音符でたたき8分の裏拍をオープンにしているのが視覚的に確認できますが、録音ではオープンのみでスタートし、1回目のサビからクローズドの8分刻みを加えています。ドラマーの心情としてクローズド・ハイハットもたたいているだろうとは思いますが、とても音量が小さく聴き取れません。

 スネアは2拍、4拍に、こちらも少しだけ遅れ気味に入っています。2拍目のスネアは同タイミングのギターにマスクされてオフ気味に聴こえます。バスドラもスネアと同様、少しだけ遅れ気味のタイミング。音量バランス的に小さくあまり聴こえません。

 これに対しベースAudio❸は、当時の録音では類を見ないほどの大きさ。プレイのニュアンスは、同時期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンのラリー・グラハムによく似ています。当時ブーツィーは“グラハムが大好きで、よく聴いていた”とインタビューで語っています。

Audio❸

 演奏のタイミングを詳しく見ていくと、8分の裏拍も少し遅れていますが、16分音符の裏拍は明確に後ろに下がり、6連符の裏拍の位置に近づくことで、スウィング感が出ています(画面❷)。

画面❷ ベースのフレーズをコピーしたピアノロール。赤矢印をはじめとする16分音符の裏拍の打点位置が、グリッドよりも後ろに位置しているのが分かる

画面❷ ベースのフレーズをコピーしたピアノロール。赤矢印をはじめとする16分音符の裏拍の打点位置が、グリッドよりも後ろに位置しているのが分かる

 ドラムは大まかな8ビートで、これにスウィングする16ビートのベースが絡むというリズムの構築法は、スライと同じ傾向と言えます。ブーツィーの特徴は、音のスピード感が速いこと。フレーズの前半、1オクターブ上の音の、リリースの切り方が素晴らしいです。ベースをコピーする際、音のアタック位置はもちろん、音がどこで切れているかを丁寧にコピーすると、フレーズのグルーヴ感がてきめんに向上します。

 もう一つ、肝心なのがキャットフィッシュのギター。3拍目の後ろの音は、6連符の最後のグリッド位置に入っていて正確に跳ねています(画面❸)。

画面❸ ギターをコピーしたピアノロール。グリッド表示を“1/16T”にしており、3拍目の後半の打点が6連符の6つ目の位置にあり、跳ねるグルーヴを生み出している

画面❸ ギターをコピーしたピアノロール。グリッド表示を“1/16T”にしており、3拍目の後半の打点が6連符の6つ目の位置にあり、跳ねるグルーヴを生み出している

 ドラム>ベース>ギターとスウィングの度合いが上がっていき、跳ね具合と音の鳴る位置が異なる3つの楽器がアンサンブルとなって、見事なグルーヴが形成されるわけです。また、ギターの音の長さ(中>中>長>短)の組み合わせ、弦を跨ぐブラッシングのスピード(ドラムで言う細かいフラム)もグルーヴ感に大きく寄与しています。ギターとベースがコール&レスポンスの関係になっているのも見逃せませんAudio❹。スタークスはインタビューで“コリンズ兄弟が来て、すべてが変わった。俺もたたき方を工夫したよ”と語っています。

Audio❹

“意識するのは1拍目だけ”

 ヒップホップの隆盛を見たJBは、1986年のコンピレーション『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』に1970年の「ファンキー・ドラマー」を再録。さらにドラム・ソロを抜き出してループにした「Bonus Beat Reprise」も加えています。JBの目論見は大成功し、そのドラム・ソロは幾多のヒップホップ、さらにエド・シーランやジョージ・マイケルなどのポップ・ソングにまでサンプリングされることになりました。

 ドラム・ソロの部分をループにしてコピーすると、ハイハット、スネア、バスドラがそれぞれ絶妙にスウィングしているのが分かります(画面❹❺Audio❺)。

画面❹ 「ファンキー・ドラマー」のドラムをループした「Bonus Beat Reprise」(コンピレーション・アルバム『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』収録)の、1拍のオーディオ波形を拡大した画面。波形の動きから、各ドラム・パートが拍頭を除いてグリッドに沿っていない様子が見て取れる

画面❹ 「ファンキー・ドラマー」のドラムをループした「Bonus Beat Reprise」(コンピレーション・アルバム『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』収録)の、1拍のオーディオ波形を拡大した画面。波形の動きから、各ドラム・パートが拍頭を除いてグリッドに沿っていない様子が見て取れる

画面❺ 「Bonus Beat Reprise」をコピーしたMIDIデータ。打点のほか、黄枠のベロシティもコピーすれば、より正確にグルーヴを再現できる

画面❺ 「Bonus Beat Reprise」をコピーしたMIDIデータ。打点のほか、黄枠のベロシティもコピーすれば、より正確にグルーヴを再現できる
Audio❺

 ハイハットは8分音符の表が突っ込み気味、裏が遅れ気味のスウィング。スネアは全体にグリッド位置よりもやや後ろに位置し、キックも1拍目はほぼグリッドですが、それ以外はスネアと同じくらい後ろになっています。適切なベロシティ(音の大きさ)で同じ位置に音を並べると、グルーヴを正確に再現でき、この3つが見事なアンサンブルを形成しているのが見て取れました。スタブルフィールドはインタビューに、“常にハイハット、スネア、バスドラの組み合わせでたたくんだ。タムとかは考えない。4分音符とか譜面のことは全く分からない。意識するのは1拍目の「ブン」だけで、後はパターンを感じている”と答えています。


横川理彦

横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。

関連記事