リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第11回は、2021年にドラマーのチャーリー・ワッツが惜しくも亡くなってしまいましたが、昨年には北米ツアーも実施したザ・ローリング・ストーンズ。数々の名曲群から、1969年にリリースされた「ホンキー・トンク・ウィメン」を分析します。
『ホンキー・トンク・ウィメン』
ザ・ローリング・ストーンズ
『ベガーズ・バンケット』から傑作を連発
今回は、誰もが知るロック・クラシックの代表曲、ザ・ローリング・ストーンズ「ホンキー・トンク・ウィメン」を取り上げ、そのリズムについて考察してみることにします。クリックを使わない生演奏のグルーヴは、どのように組み立てられたのでしょうか。
1962年にロンドンで結成されたローリング・ストーンズは、プロデューサーにジミー・ミラーを迎えた1968年のアルバム『ベガーズ・バンケット』から音楽性を転換。ブルースやカントリー・ミュージックに根差したローリング・ストーンズならではのロックを展開し、1972年の『メイン・ストリートのならず者』まで大傑作アルバムを連発します。ニューヨークのブルックリン出身で、ザ・パーラメンツのジョージ・クリントンとも仕事をしていたジミー・ミラーは、ドラムやパーカッションもうまく、R&Bやファンクのリズムに精通していて、ローリング・ストーンズのグルーヴを確立していくのに大きく貢献しました。
1969年の『レット・イット・ブリード』に収録する「無情の世界」では、チャーリー・ワッツの苦手な16ビートのドラムをチャーリーに替わってたたいているし、『メイン・ストリートのならず者』でも3曲ドラムをたたいています。どの演奏もドラムはとてもスムーズでノリも良く、逆に言えば普通すぎてチャーリーやストーンズならではのゴツゴツとしたリズムの味わいが薄い、とも言えます。ここでは、ジミー・ミラーのリズム力とチャーリーやローリング・ストーンズのノリがうまく組み合わさった具体例として「ホンキー・トンク・ウィメン」を見ていくことにしましょう。
別曲と言えるほどにテンポが変化
「ホンキー・トンク・ウィメン」をABLETON Liveに読み込み、BPMの変化をテンポ・マップとして取ると画面❶のようになります。
ジミー・ミラーのカウベル単独のリズムにチャーリーのドラムが加わり、キース・リチャーズのギター・リフが提示されたところでミック・ジャガーのボーカルが始まります。ベースは1番、2番のサビで加わり、平歌の部分では演奏していません。ブラス、女性コーラス、ミック・テイラーのカントリー風ギターなどが加わって猛烈に盛り上がるのですが、ベーシックな部分はジミー・ミラーのカウベル、チャーリーのドラム、キースのギターとミックの歌で出来上がっています。
テンポ・マップを見ると分かるように、クリックを使わない生演奏はイントロの♩=108.6からエンディングの♩=126まで極端に走って(途中でテンポが速くなること)いて、イントロとサビ以降では別曲と言えるくらいテンポが変わってしまっていますが、勢いとノリは素晴らしいです。
実は、イントロでジミー・ミラーのたたいているカウベルのパターンは1拍目の頭が休みの2-3クラーベ(譜例❷)なのですが、チャーリーはそれを1拍目の頭から始まったものと誤解して(譜例❶)ドラムをたたきはじめ、キースがドラムに合わせてリフを弾いたことで小節頭が確定し、歌に移ります。ジミー・ミラーは素早くこれを察知し、歌が始まるときにはドラムに合わせてカウベルを半拍遅らせてクラーベを入れています。
「ホンキー・トンク・ウィメン」のマルチトラックを個別に聴くと、ドラムだけのトラックにほかの楽器の音が少しだけ漏れているので、最初に一緒に録音したのがカウベル、ドラム、キースのギター、ビル・ワイマンのベースだったことがわかります。
ちなみに、ベース・オンリーのトラックを聴くと、2番のサビまでは最初の同録のものが、2番サビの後のギター・ソロからはベースが弾き直されていることが分かります。後半はキースが演奏しているのかもしれません。また、ボーカル・オンリーのトラックを聴くと、ミックの歌とコーラスが本当に素晴らしいことが生き生きと伝わってきます。楽器別のトラックを聴き比べると、サビで走るのは、キースのチャック・ベリーのような刻みのギターのせいで、これにドラムが付いて行っていると思われます。
チャーリー・ワッツのグルーヴ
テンポ・マップで見た通り、どんどん走っている一方、途中でガタッとテンポが落ちるところもあったりするため、この連載で見てきたような2〜4小節単位での精緻なグルーヴ分析は少し難しいのですが、曲の中で比較的に安定している部分を3カ所取り上げて、チャーリーのドラミングがどうなっているのかを検討してみました。
画面❷Audio❶は1番の冒頭、歌が入るところで、シンプルな8ビートのパターンです。ハイハットはほぼグリッドで、スネアは4拍目がかなり遅く、3拍裏・4拍裏のバスドラも遅れているので、ここでスウィングしていると言えます。3拍裏・4拍裏にはキースのギターも入っていて、これはドラムとピッタリです。
Audio❷は2番の平歌で、テンポが♩=121に上がっていますが、ハイハット、キック、スネアの関係はほぼ一緒です。
画面❸Audio❸は2番の後のギター間奏の頭です。テンポは♩=124.4まで上がっていて、ハイハットはグリッドよりも少し後ろ、2拍・4拍(特に4拍)のスネアは後ろ、バスドラは遅れ気味で、特に4拍裏のバスドラは後ろでスウィングしています。ここではジミー・ミラーのカウベルもコピーしています。グリッドよりも大きく後ろにいますが、ドラムと合わせて聴くと3連寄りに大きく跳ねてスウィングしているのが体感できます。ドラムとカウベルだけでとても気持ち良いノリ(グルーヴ)があります。
試しに、グリッドのクリックと合わせたもの(Audio❹)を聴くと、カウベルがすごく後ろにいることがよく分かります。
キース・リチャーズは自伝『ライフ』の中で“ジミー・ミラーは腕利きのドラマーで……グルーヴが何たるかを熟知していた”と語り、チャーリー・ワッツは“ジミーは僕にドラムのたたき方を再考させ、スタジオでどうやればいいかを教えてくれた”と感謝しています。ジミー・ミラーが離れて以降も、チャーリー・ワッツは体得したグルーヴを発揮し、後年のアルバムやライブ・ツアーにおいても遺憾なくバンドをドライブし続けました。
横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。