リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第10回は、YouTubeの再生回数が1億回を突破! アンダーソン・パークが2016年に『NPR Music Tiny Desk Concert』で行ったライブ映像から、1曲目に披露している「Come Down」を分析します。
『Anderson .Paak & The Free Nationals: NPR Music Tiny Desk Concert』
伝統を踏まえた“今”のリズム
アンダーソン・パーク(とThe Free Nationals)が2016年に行った『NPR Tiny Desk Concert』でのライブは、衝撃と言ってもいいくらいの大きな反応を引き起こしました。小音量の生演奏でここまでグルーヴィかつ精密なファンクが実現できるとは、驚くほかありません。今回は、冒頭の「Come Down」のドラミングを分析してみましょう。
1986年生まれのアンダーソン・パークは、ロサンゼルス近郊の出身。厳しい家庭環境の中、10代で音楽制作を始め、また地元の教会でドラムもたたいていました。彼の最初のミックステープは2012年に発売され、2014〜2019年にリリースした4枚のアルバムで、一気にトップ・アーティストに上り詰めています。シンガー・ソングライターとしてだけでなく、ドラマー、音楽プロデューサーとしても幅広く活動し、ドクター・ドレー、エミネム、ブルーノ・マーズなどとの共演も有名です。この連載の第7回で取り上げたドミ&JD・ベックのアルバムのプロデュースもアンダーソン・パークです。彼の音楽の圧倒的な強みはグルーヴィなサウンドの構築力で、R&Bやヒップホップの伝統を踏まえた上で“今”のリズムを提示できるのが素晴らしいです。
「Come Down」は2016年の2ndアルバム『Malibu』収録曲で、MVも制作され、アンダーソン・パークがブレイクしていくのに大いに役立ちました。『Tiny Desk Concert』での演奏に比べると、より荒々しく押しの強いサウンドで、ドラムもボーカルも圧が高いです。歌詞の内容はかなりワルイ感じのパーティ・ソング。覚えやすく、つい口ずさみたくなるリフが素晴らしい“今”のファンクとなっています。
バスドラとハイハットのわずかなズレ
『Tiny Desk Concert』は、基本的に小音量で、ボーカルはマイク/PAを使わない生声、電気楽器もそれにそろえる形でアンサンブルを作ります(マイクは会場用ではなく、動画の音声収録用)。そのためドラムもとても小さな音量でたたくことになり、おかげでミュージシャンとしての力量が丸わかりになります。アンダーソン・パークの演奏が始まった途端に驚くのは、このシチュエーションでスタートした瞬間に、ほぼ完璧なサウンド・バランスでグルーヴがあふれ出すことです。まず冒頭のドラム1小節を見ると、Audio❶(分かりやすいように1小節を4回ループ)のようになります(画面❶)。
とても滑らかで、ダブルストローク(一振りで2回たたく)のハイハットの音色の繊細さが素晴らしい。バスドラもとても柔らかく踏んでいます。このバスドラを基準としてタイミングを見ると、16分音符のハイハットはすべて少しだけ遅れています。16分音符の表(1拍を4つに分けたときの1・3番目)は大体10ms、16分音符の裏(1拍を4つに分けたときの2・4番目)は15〜20ms遅れていて、少しだけスウィングしています。また、16分音符の表と裏は音量がきっちりたたき分けられていて、表の方が大きいです。
もちろん、ハイハット基準でグリッドを当てればバスドラのほうが10msくらい前に突っ込んでいるわけで、グリッドはあくまで相対的なものなのですが、重要なのは、バスドラとハイハットが少しだけズレているということ。この微妙なズレがグルーヴに直結しています。これは、連載第4回で取り上げたクリス・デイヴも全く同じで、同じBPMの中でバスドラ、スネア、ハイハットが互いに少しだけ前後にズレることでグルーヴを膨らませ、コントロールしているのだと解釈できます。
大きく跳ねているギター
『Tiny Desk Concert』の演奏では、アンダーソン・パークはクリックを使わずに生演奏しているので、曲の進行具合で微妙にBPMが変化しています。また、途中からリム・ショットが加わったり、フィルインやストップなどの変化もつきます。イントロから少し後のリム・ショットが加わった部分も見てみましょう(画面❷、Audio❷)。
ハイハットは、 2拍・4拍の裏でハイハットのエッジ(端)をたたいてアクセントが付いていますが、ノリ(グルーヴ)はイントロの冒頭と共通です。バスドラの位置とニュアンスも一緒。リム・ショットは、タオルをかぶせたスネアを右手でごく軽くたたいていて、小音量ですがとてもキレの良い音色です。タイミングは必ずハイハットよりも前です(画面❸)。イントロのパターンと併せて、スネア、バスドラよりも少し後ろにハイハットが安定していることが、この曲のグルーヴの秘訣になっているのではないでしょうか。
ベース、ギター、キーボードは基本同じリフをなぞっていくのですが、途中にギターがシングル・トーン(単音)でリズムを強調するパートがあるので、そこをコピーすると画面❹、Audio❸のようになります。普通に聴いていると、ただ良い感じなだけですが、ギターだけ取り出して詳しく見ると、ハイハットよりもさらに後ろの位置で、ハイハットより大きくシャッフルしている(跳ねている)のが分かります。
打ち込みと生ドラムの併用
アンダーソン・パークはライブのときに、ドラムをたたきながら歌う形と、ステージ前方で踊りながら歌い、ドラム・パートは打ち込み(恐らくAKAI PROFESSIONALのMPCを鳴らしている)を使う形を併用しています。彼以外のThe Free Nationalsのメンバーはそのまま演奏していて、ドラムだけが生と打ち込みを行き来するのですが、客席で聴くサウンド的にはほとんど落差なく盛り上がっていきます。
今回取り上げた「Come Down」はパーティ・ソングで、オーディエンスとのやり取りが重要なので、別のライブではアンダーソン・パークはフロントで歌い踊りまくり、客席を大いにあおっています(下の動画)。ラフでダイナミックなノリは『Tiny Desk Concert』の精密な演奏とは随分違いますが、これもまた大いに楽しめる形で、両者を比べてみるのもいいと思います。
横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。