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ガビ・ハートマンとレイチェル&ヴィルレイによるサウンドとして楽曲に溶け込むボーカル表現 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.156

ガビ・ハートマンとレイチェル&ヴィルレイによるサウンドとして楽曲に溶け込むボーカル表現 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.156

 ガビ・ハートマンは、パリ生まれのシンガー・ソングライターだ。幼少期からクラシック・ピアノを習っていたが、エイミー・ワインハウスの音楽に出会い、ジャズ・シンガーの影響を強く受けていることに気がつき(ワインハウスはダイナ・ワシントンやサラ・ヴォーンからの影響を口にしていた)、ジャズを掘り下げるようになった。パリのスコラ・カントルム音楽院で学び、交換留学生としてリオデジャネイロに住んでブラジル音楽も学んだ。また、ロンドンでは民族音楽学も学び、南アフリカやギニア、ポルトガルにも滞在したことがある。旅と世界各地の音楽を愛し、探求を続けてきた。そして、フランス語、英語、ポルトガル語、一部はアラビア語も交えた詩を書き、作曲も行い、自分の音楽に取り組んだ。やがて、パリの名門ジャズ・クラブ、デュック・デ・ロンバールに定期的に出演するようになり、ジェイミー・カラムやメロディ・ガルドーのコンサートのオープニング・アクトを務めるまでの注目を集めるようになった。

 2021年にハートマンのデビューEP『Always Seem To Get Things Wrong』がリリースされた。ジェシー・ハリスがプロデュースを手掛け、パリとNYで録音されたEPは、メランコリックで少し気だるいボーカルと、ギター、ベース、ドラム、オルガンのシンプルな編成と温かみのある出音が絶妙なバランスで組み合わさっていたが、ノスタルジックでビンテージなサウンドというだけにはとどまらない。ボーカルも含めた全体のプロダクションが風景に溶け込んでいくような、一つのサウンドスケープのように聴こえてくる瞬間があるのだ。例えば、ポルトガル語で歌われる「Coração Transparente」という曲では、アコースティック・ギターと虫の鳴き声だけがバックには静かに流れているが、彼女の歌とその2つの音はまったく対等に存在している。ボーカルのボリュームが最も大きく、この音楽が歌で成り立っていることは確かなのだが、ボリュームの大きさの問題ではなく、ふと気がつくと歌も背景に溶け込んで鳴り響いているように感じる。それは、オルガンと共に歌われる、シャンソン歌手、作曲家のシャルル・トレネにインスパイアされた「La Mer」という曲でも顕著だ。

 

『Always Seem To Get Things Wrong』Gabi Hartmann(Komos Jazz)
ハートマンのデビューEP。英語、フランス語、ポルトガル語など、さまざまな言語で歌われる全5曲を収録する

 

 この1月に、ハートマンのデビュー・アルバム『Gabi Hartmann』もリリースとなった。1920年代、30年代のアメリカのスウィング・ジャズとアフリカのジャズへのオマージュである軽妙なメロディの「Buzzing Bee」でスタートし、EPの楽曲の大半も収められた。アルバムもジェシー・ハリスがプロデュースを担当し、かつて彼がプロデュースを手掛けたギタリストのジュリアン・ラージが1曲参加している。その「People Tell Me / Les gens me disent」という曲は英語とフランス語で歌われるシャンソンで、メロディ・ラインに沿って控えめに少しひずみのあるギターが弾かれるが、この曲もギターを含めて背景に溶け込むような感覚を与える。アルバムはメジャーからのリリースであるが、現段階でほとんど情報が無い。スーダン人のフルート奏者やギニア人のギタリストもフィーチャーされているようだが、詳しいクレジットは分からない。ただ、ジャズとアメリカーナ、シャンソン、アフリカ音楽、ボサノバ、ブルースなど多様な要素と言語が混じりながら、どこかに中心点があるわけではなく、ルーツの定められない世界を漂うような音楽はとても魅力的に響く。

 

『Gabi Hartmann』Gabi Hartmann(Sony Masterworks)
ノラ・ジョーンズ「ドント・ノー・ホワイ」でグラミー受賞経験のあるジェシー・ハリスがプロデュースを行う1stアルバム

 

 歌という観点から、もう一つ、興味深いリリースが最近あった。レイチェル&ヴィルレイのセカンド・アルバム『I Love A Love Song!』だ。このデュオは、アメリカの失われたスウィング・ジャズとビッグバンドのシンガーたちや、ティン・パン・アレー、ジャンゴ・ラインハルトのジプシー・ジャズにもインスパイアされた音楽を演奏している。それはハートマンが影響された世界とも重なるのだが、グローバルな観点からアプローチする彼女とは対照的に、レイチェル&ヴィルレイはモダン・ジャズ以前の特定の時代に生まれた音楽に徹底的にフォーカスしている。ただ、そこから生まれた音楽は新鮮さを与えるという点では似通ってもいる。

 

『I Love A Love Song!』Rachael & Vilray(Nonesuch)
レイチェル&ヴィルレイの2作目。1930年代の楽曲「Goodnight My Love」を除く全曲をヴィルレイが作曲している

 

 レイチェル&ヴィルレイは、レイク・ストリート・ダイヴとしても活動するシンガー・ソングライターのレイチェル・プライスと、ギタリストでシンガー・ソングライターのヴィルレイのデュオである。共にニュー・イングランド音楽院でジャズを学んだが、コンテンポラリーなジャズではなく、失われた時代のジャズに向き合っている。エラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーン、ビリー・ホリデイから、ファッツ・ウォーラー、ペギー・リー、フランク・シナトラまで、具体的な対象を意識しながら曲を書き、演奏する。だが、その音楽はレトロな趣味を醸し出しているようでありつつ、極めて洗練されたサウンドに聴こえる。デビュー・アルバム『Rachael & Vilray』のリリース当時、二人はこんな発言を残している(※1)。

 「今日のジャズ・アルバムのように聴こえるのは避けようとしたけれど、同時に1930年代のジャズ・レコードのように聴こえるのも避けようとした」(ヴィルレイ)

 「当初から“ノスタルジー・アルバム”というコンセプトは否定していた。また、超モダンなサウンドにすることもできなかった。絶妙なバランスがある」(レイチェル)

※1Rachael Price and Vilray Seek Timelessness

 

『Rachael & Vilray』Rachael & Vilray(Nonesuch)
2019年にリリースされた1stアルバム。ジョン・バティステをピアニストとしてゲストに迎えた楽曲など、全12曲を収録

 

 これがすべてを物語っているが、この“絶妙なバランス”によって表現される最新でもビンテージでもないサウンドは、歌と演奏が一体感を持って響いているのが特徴だ。多様なレイヤーの中からボーカルが浮かび上がってくる現在のポップスのプロダクションとは対照的なのだが、それは1930年代のRCAのリボン・マイク1本に二人が近づき、向かい合って演奏するスタイルの影響も大きいだろう。繊細で高価なリボン・マイクは最も自然な音質のマイクと言われ、残響無しに温かく親密な響きをもたらす。リボン・マイクでビンテージのサウンドを追求するより先に、サウンド・システムが無いバーでの演奏で、たまたまマイク1本でやって手応えをつかんだ経験があった。「お互いに目を合わせて、お互いの口をじっと見ていたら、曲を一緒にハーモニーで歌うのがずっと簡単になり、はっとするような瞬間があった」とヴィルレイは語っている(※2)。そして、1930年代にシンガーたちが初めてレコーディングをしたときの状況を思い浮かべたという。単にサウンドをまねるのではなく、失われたものに対する想像力から生まれた音楽だ。一方で、不況と戦争の間で爽やかでロマンチックなスタンダードが書かれた時代と今の時代とのギャップは歌詞に織り込まれてもいる。

※2Rachael & Vilray share a mic — and a love of old swing standards : NPR

 ハートマンもレイチェル&ヴィルレイもボーカルがメインではあるが、サウンドとしての魅力を放っている。ハイファイな録音プロセスからこぼれ落ちるものを拾っている音楽でもあるのだが、それを聴きたいというリスナーが確実にいることの現れでもあるだろう。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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