E-MU Emax SE【シンセサイザーのフロンティア〜ヘンテコなシンセたち】Season 2 Episode 2(後編)

前編はこちらからご覧ください。

サンプラーEmulatorで表舞台へ登場

Emulator

 

 ところで1980年代に入ると軽薄短小デジタル時代になり、唯一の商品たる重厚長大アナログモジュラー売れず。さりとてデジタルシンセシスを開発するも、いまいち良い音せず。さすがに唯一の商品の売れ行きが傾くのはゆゆしき問題。ならばアナログシンセをデジタルで制御しよう!と思いついて開発をはじめたのが、幻の名機Audity

カナダ・ナショナルミュージック・センターのスタジオベルに所蔵されているAudity。https://collections.nmc.ca/objects/230/emu-audity

 既にProphet-5の開発を経験済み、それは言わばAudityの赤ちゃん版。Audityはその3倍から4倍も大規模かつ複雑なアーキテクチャーであり、CPUも高度に進化したものを採用。なんせ今までE-mu Modularは、天才がこだわりまくって凝り倒して作ったわけで。それに取って代わる次世代の看板商品にふさわしく、これまたこだわりまくりの単体アナログシンセとしてAudityを作らんとしていた。して、その莫大な開発費用にはデジタルスキャニング・キーボードのロイヤリティを当て込んでいた。

 

 しかしSSMの歩留まりの悪さにSEQUENTIALはProphet-5の設計を全面改訂。すべて音源チップをCURTISのICへと置き換えた。ほかCURTISのICを採用していたメーカーにはOBERHEIMやROLANDなどがあり、SEQUENTIALと言えどさすがに音色も以前とはまるで違うものとなった。これがProphet-5 Rev3の誕生である。そしてそれでもってSEQUENTIALはもはやRev3を別機種とみなし、デジタルスキャニング・キーボードのライセンス料を支払停止してしまったのである。

 

 E-MUにしてみれば看板商品の売上に日影がさしてきたところへ、虎の子の収入源が強制終了、そのせいで次の看板商品も作れない。思わぬ八方塞がりに慌てたデイヴ・ロッサム、対SEQUENTIAL訴訟のことは社長スコット・ウェッジに託し、ぱぱっと作れてなおかつ革命的なネタを求めて1980年5月AESショウへ。そこでFAIRLIGHT CMIを見て天才ひらめく。デジタルシンセを作るのは時期尚早だが、デジタルサンプラーを作るのは簡単! CMIみたいな音楽コンピューターでなく単体サンプリングキーボードを作ればいい! なんせ先述の通りロジャー・リンのLM-1も手伝っていたからサンプリングも楽勝理解済。

 

 CMIは1,200万円もしたのだが、サンプラーというよりコンピューター・ベースの統合ワークステーションだったのだから無理もない。このため当然ながらマルチパート音源を搭載し、それゆえボイスごとにCPUからメモリーからDAコンバーターに至るまで一切合切を装備するも、そんなものデイヴ・ロッサムに言わせれば「ばかじゃねーの、マルチティンバーなんかよりもシンプルにポリフォニックで鳴るサンプリングキーボードのほうが絶対に売れるに決まってる。冗長性を排し、CPUはZ80を1つだけ、メモリーも1つだけにして全ボイスで共有させたら安価にできる」

 

 果たしてコストダウン成功。Audity用に開発したディスクOSベースの楽器とする仕様も流用。最初に彼がサンプリングしたのは妻がしゃべった「メリーさんのひつじ」(Mary had a little lamb)、しかも途中で1単語だけループさせてみたら「Mary had a little, little, little lamb」となってミクロ羊が誕生。その次は妻が居ないときを見計らって開発室の隣にあるトイレでサンプリング、再生してみたら人類最大の膀胱を持った男のような音。

 

 して、その仮称「サンプラー」を開発中、メンバーの一人が「いい機種名を思いついた」ってんで「Emulator」すなわち模倣者、競合者、ライバル、そんな感じで名付けることに。

 

 かくして史上初のサンプリングキーボード1万ドルにてEmulator、E-MUからついに爆誕! そしてもはやE-MUは影の功労者ではなく、やにわに表舞台に躍り出て売れっ子メーカーとなったのである!

 

“音を選ぶ時代”とEmulator II

Emulator II。Photo:John R. Southern CC-BY-SA 3.0

 初代 Emulator は大ヒット作となった。1981年発売、8ビット/27kHzサンプリング、RAM 128KB、8音ポリ版と4音ポリ版とがあり、ループはできるがエンベロープすらない。

 

 それでもまだYAMAHA DX7が出る前だった当時、一足先にデジタルを標榜したのはサンプラーたちであった。サンプラーという名称すら普及せず、サンプリングキーボードとかサンプリングマシンとか言われた。そしてまだデジタルシンセが無いままに、デジタルサンプラーとアナログシンセが入り乱れて織りなすのが当時のテクノポップの特徴。YMOですらデジタルシンセ以前だったのであり、ついぞDX7を使うこともなければMIDIも無い代わりにでかいアナログモジュラーをライブに使っているイメージまで演出していた古典芸能なわけですよ。

 

 しかもサンプラーは「模倣する楽器」という、それまでに存在しえなかった異次元楽器、ミュータントであった。それゆえ、著作権を侵害しているのか否かというぎりぎりきわきわの議論やモロどんぴしゃな裁判すらをも踏み越え、あらゆる森羅万象サウンドをもとの文脈から切り離しあらたな文脈の中にコラージュするという、脱構築と再構築のための社会学的記号学的なツールという意味合いすら帯び、コピーとオリジナルへの哲学的考察すらはらむ、ソシュールも天を仰ぐが如きスリリングな知的玩具としてポップカルチャーはもちろんシリアスなアカデミズムにおいても話題となり、あまたの論文に登場した。

 

 サンプルライブラリー市場もまた人類が初めて経験するマーケット。今で言うコンテンツビジネスの誕生である。ただ、本当に電子楽器業界へコンテンツビジネスが広範囲に到来するのは、これもまた民生機レベルで実現したDX7の出現まで待たねばならない。そして評判だったEmulator用サンプルライブラリーのみならず、DX7用の坂本龍一ROMや向谷実ROM、生福ROMといったシグネチャーパッチに夢中になった人たちは、言ってみれば今日のSpliceユーザーの先駆者みたいなもの。

 

 すなわち音色を作るセンスから選ぶセンスへと時代は変わったわけで、どっちも個性を出す創造性であるに違いはなく、プロがキュレートしたネタを目利きなアーティストが選ぶことで作品となす点ではAIが提案するものを選択する未来人類の先駆けなのであろう。

 

 長らく土木工事屋さんの如くインフラを作り続けてきたE-MU。それを支えた次なるインフラこそが、これら良質なサンプルライブラリーによる多種多様な未来コンテンツビジネスなのであった。コンテンツが楽器の次世代インフラとなり、コンテンツが経営を支えることを、デイヴ・ロッサムは発見したのである。

 

 しかし同時にデイヴ・ロッサムは自分たちがもはや小さなやんちゃ坊主ではなくなったことを思い知る。かつて工科大の寮の部屋がE-MUだった時代以来、カウンターカルチャーによってドライブされ遊撃活動を繰り広げる愉快なパルチザンみたいなもののはずが、いつのまにやら成功して大きな企業となり、ついには弁護士まで雇ってSEQUENTIALとロイヤリティめぐって争う。

 

 何よりも世の中が進化し、作るものも難解になった。Emulatorは、画期的なサンプリングデバイスでありさえすればよかった。Emulator IIは、画期的なサンプリング楽器でなければならなかった。それゆえ Emulator II の開発は難航し、先にEmulatorが生産完了になってしまったあともEmulator IIは難産で発売できず、売れるものを失ったE-MUは従業員をレイオフせねばならず、会社は今までの天真爛漫さを失うことになった。

 

 音源モジュール版も無かった。MIDI以前からの古い設計思想がアダになり、あくまで楽器を作ることが開発の前提になっていた。デイヴ・ロッサムにとって音源モジュールは楽器ではない。E-mu Modularと言えどデジタルスキャニング・キーボードを添えて楽器としていたE-MU。よってEmulator IIから鍵盤を省いても、大してコストダウンできない。音源モジュールを作るためには別途それに合わせた回路なりを設計しなければならない。そこまで開発にコストをかけてまでしてモジュール版が売れるという自信もない。痛快だったはずのE-MU、だがいつのまにやら大人になっていたのだ。

 

 悪戦苦闘の末ようやく1984年に生まれたEmulator IIは再びのE-MUヒット商品となり、もはや「イーミュレーター」の名はサンプラーの代名詞にすらなった。特徴的なその音はFAIRLIGHTとともにひとたび分かればそこらじゅうで聴けてびっくりする。エンベロープはもちろん、マルチサンプリングというアイディアもこのときに初めて考案され、E-MUはサンプラーの標準機どころかメルセデスみたいに業界に君臨することとなった。

 さらにE-MUから出たのはPCMリズムマシンDrumulator。翌年その後継機種としてサンプリング機能も追加したSP-12、そして3年後サンプリングメモリーを拡大したSP-1200は、AKAI PROFESSIONAL MPC60に先立ち新しいジャンルたるヒップホップを切り拓いたレジェンドとなった。短かったサンプリングタイムを稼ぐべくヒップホッププロデューサーたちが33回転バイナルを45回転にして再生、それをサンプリング後にピッチを下げることで元の音程と長さに戻すと音質が荒れるのだが、それがかえってローファイな味となったことはあまりにも有名。そのダーティなサウンドがグルーブ界の記号となったため、あとからMPC が出たときなぞ音質が良すぎて線が細いというのでわざわざ汚して太くするテクが流行したこともまた有名。

 だが翌1985年、同じアメリカのENSONIQから出たるは、価格破壊サンプラーMirage。1万ドルもしたEmulatorに比べ、たった1,600ドルでMirageはローンチ。61鍵版のほかに音源モジュール版まである。しかも価格破壊のみならず凶悪なまでにひどい音質こそ驚愕であったが、それでもミュージシャンにとっては全く問題なかった。ここまで音が変わってしまうと元がなんだったのかわからんとか、もはやこれは音を加工するシンセであるなどと笑いのネタにされようが、もろともせずにパンキッシュに売れまくるMirage。こだわりのE-MUは、だがそれゆえオーバークオリティだったのであり、どん底スペックのはずが軽快に営業成績かっとばして赤丸急上昇する番狂わせチャレンジャーENSONIQは、だがそれゆえ正統派のAKAI PROFESSIONALなんかよりもずっと深くE-MUにとって考えさせられる商売敵となった。自由な発想が売りのアメリカ人のライバルは、同じく自由なアメリカ人であった。

 

 影の功労者から一転、表舞台に立つ大手電子楽器メーカーとなったE-MU、その看板商品を育て守る戦いがここに始まる。

 

Mirageを意識して生まれたEmax

Emax

 ダークホースとして姿を現した中型高速打撃空母ENSONIQ Mirage。これと対決し、最初から音源モジュールも考える。その回答として出したのがE-MU初の「廉価版」サンプラーEmax。お値段は2,995ドルということはDX7とかと同じ感覚、メルセデスのA Class みたいなもん? 1つしか売るものが無かったガリバー商品依存型モノカルチャーとも言うのであろうかE-MUにとって、2つめの柱となった名機シリーズの始まりである。

 

 Emaxを設計するにあたり、かつてのSSMチップ開発の経験をもとにデイヴ・ロッサムは初めて独自チップを開発。結果できあがったE-ChipはデジタルオシレーターにProphet-5のSSMのフィルターとアンプとを加えて全部ひとまとめにしたようなものであった。またストレージをEmulator IIの5インチ・フロッピーディスクからEmaxでは3.5インチへと変えるにあたり、Emulator IIを開発しているときに編み出していた12ビットデータを8ビットにまで圧縮保存するメソッドを移植。3.5インチ・フロッピー720KBの中に鬼のようにサンプルを保存できるようになった。

 

 ポップなカラーリングとテンキーすらもが斜めってるおちゃめな外観はMax Yoshimotoなるデザイナーの手になるもの。もちろん音源モジュール版も最初からあり、しかもそいつまで同じデザイン、テンキーも斜めの音源モジュールなんてEmaxくらいなもの♬

ボタンが斜めに配置されているのがEmaxシリーズの特徴

 E-MU 謹製ライブラリーに支えられた「廉価版」ともなるとやはり魅力。圧縮保存して多少音がローファイに荒れようが、アナログのVCF/VCAの効き具合はやはりSSMゆずりっぽさもあって独特なキャラが楽しい。宣伝で「2音色レイヤーしても発音数が減りません!」とかって魔法みたいに言ってたがなんのことはない、1ボイスあたりオシレーターが2基あるだけのこと(笑)。そして前編冒頭にかかげたみょーな説明がついているBird Runという機能。文字通り LCD の中をエミューが走り回るだけなのだが、実は自己診断機能であった。

 

 Emaxには後追いでEmax SEという機能追加版があった。SEとはSynthesis Enhanced、フロッピーでバージョンアップ。これには24サイン波倍音加算合成による24ステップ・ウェーブテーブル自作機能ことSpectrum Synthesisと、もう一つTransform Multiplication Synthesis、とらんすふぉーむまるちぷりけいしょんしんせしす、あまりにも名前が難解すぎてアメリカ人ですら噛み噛み、こっちから発音してさしあげたら早口で復唱してきたのちに「thank you」と言われてしまう壮絶なシンセシス機能が追加搭載された。後者は恐らく2つのサンプルをフーリエ解析し、共通の周波数を持った倍音を抽出し、それらの振幅を乗算させたのちリシンセシスしているものと思われる。結果例えばバイオリンが言葉をしゃべったりするが、多くの場合予測不可能。強烈な金属倍音が激しく流出したりして、たいへんな結果に陥ることも多い。

Emax SEのパネルにあるDigital Proessingの一覧

説明書に記されたTransform Multiplication Synthesisの概念図。http://synthark.org/resource/emu/Emax_SEUpgrade.pdf より

 しかも演算がノンリアルタイムであるばかりか、しばしば演算に半時間以上もかかる! 最大40分くらいかかるらしい。なんでもスパコンに相当する演算を32ビットCPUと8ビットコプロとちーちゃなメモリーでやりくりしながら実行しているかららしいが、とにかく「Synthesize!」とノーテンキなメッセージに促されるままに実行キーを押すやいなや「○○分お待ちください」などとLCDに出てきた日には失神しそうになる。既になりふりかまわずEmax SEは演算に没頭。どえらい波形レンダリングをしている間なんぴとたりとも止められない。英文取説では「ま、ちょっと休憩でもどうぞ」なんてぐあいに開き直っている! おまけに最低 32KBのRAM領域が必要とかで、これを割り込むと「足りん! サンプル減らせ!」と怒られる。キロバイトでも貴重なリソース。

 

 これら強力シンセシスを駆使して作成した音は、サンプル同様2基のオシレーターにアサインすることでレイヤーできる。サンプルとのレイヤーも可能。そしてこれらは実は現場のエンジニアが仕事の合間に自主的にちゃちゃっと開発したスカンクワークであった。だから結局おちゃめで楽しい!

 

 EmaxにはSE版のほかに40MBのハードディスクを搭載したEmax HDなどがあり、当時のデペッシュ・モードがメンバーのうち3人がおのおのEmax HDのみ1台ずつをセッティングして弾き、さらにカスタムメイドのパーカッションパッドでEmax HDを鳴らし、あとは何にも無いという、いかに80'sテクノにふさわしくすっきりシンプルでハイテクなステージを披露。ライブ映像作品『101』で勇姿が拝める。

101 (Deluxe Edition)

101 (Deluxe Edition)

Amazon

 天才デイヴ・ロッサムにとってはどうもEmaxは物足りないらしいのだが、それでもこの価格帯はEmax II、ESI-32、ESI-4000、ESI-2000、E64、E6400というふうにずーっと引き継がれて最後まで新製品が投入されることとなった。

1990年4月号掲載のEmax IIレビュー

 このうちEmax IIは、実は中身ほとんど三IIIことEIIIことEmulator IIIなのだが、Emaxのハコに入ってしまったがために過小評価されてしまったちょっとかわいそうな機種でもあった。にもかかわらずEmax初代と2代目とで合わせて9年間も売れ続けたというのは電子楽器の世界ではロングセラー。思い出深く振り返るユーザーも実は全地球的に多い。またESI-32からは2U音源モジュールのみとなり、時代にもマッチしたばかりでなく2Uは運びやすいサイズでもあったので合理的であった。3Uって重くてでかくて現場へ運ぶのつらいよね。4U以上はもう無理。

1995年3月号より、ESI-32のレビュー

集大成EIVとハードウェアサンプラーの最終舞台

 この後、1990年代にかけてE-MUは数世代にわたり独自チップを開発、それらをもとに数々の名機を送り出す。今なおアナログフィルターが懐古的人気を呼ぶEIII(Emulator III)、それをデジタル化した新世代EIIIXP、最後の巨星EIV(Emulator IV)に至るまで、E-MUはAKAI PROFESSIONALと双璧をなす大規模ハードウェアサンプラーの名門となった。そのあとはソフトウェアサンプラーEmulator Xを出すことで、当時台頭していたNEMESYS Giga Samplerの好敵手にもなっている。

Emulator IVのレビュー。ESI-32と同じ1995年3月号に掲載

 またコンテンツビジネスを応用、潤沢なサウンドライブラリーからエッセンスを凝縮させた比較的に安価かつコンパクトな1Uラックサイズ廉価版シンセ音源モジュールをたくさん出した。具体的にはProteusシリーズVintageKeyシリーズMorpheusなる変態フィルター搭載シンセ音源モジュール、OrbitMo’Phattなどといったジャンル別シリーズなどなど。これが同じPCMシンセかと思うくらい太くて明るい舶来サウンドに魅了された日本のユーザーも多い。さらにはそれらをベースにしたグルーブボックスのXL-7、MP-7、PK-7なるコマンドステーション・シリーズもあり、E-MUはかつてなく多くの機種かつ多彩なラインナップを売り出す人気楽器メーカーとなった。これらはすべて、名だたるE-MUサウンドが欲しい少年少女たちへの福音だったのであり、みなぎるコンテンツパワーに立脚した1990年代こだわりのステータスシンボルたちでもあった。やはり、楽器は音である。

EIVシリーズのフラッグシップ、E4 Platinumのレビュー。2001年6月号掲載

 EIVはE-MU最後の名機かつ集大成と言ってよく、1990年代から2000年代にかけてAKAI PROFESSIONALへのオルタナとしてプロの定番であった。シリーズ大半が3Uラック・モジュール。128音ポリ。後から76鍵のキーボード版も出たなんて覚えてる? 鍵盤のそばにさりげなく“EMULATOR”って書いてあったよね? EOS(Emulator OS)なる独自OSで駆動されアイコンを多用したユーザーインターフェースは、もはやサンプリング専用コンピューターのよう。前述のMorpheusでお披露目された変態フィルターことZ-Planeフィルターも搭載。これはZ平面の名の通りスペアナ上で3次元的に周波数特性が変化する多彩なデジタルフィルターであり、これを知ってしまうと普通のLPF/BPF/BRF/HPFといったものが凡庸に思えて仕方がない。

1994年2月号掲載のMorpheusレビュー

 最後の大物にふさわしくEIVには派生機種もあり、プリセット音色を充実させたE-Synthや、もはや外観だけが同じで中身は派生とは言えないハードディスクレコーダーDarwinなどある。また前述のE64、そしてE6400は同時発音数を半分の64音にとどめた廉価版であった。

 

 そして時はAKAI PROFESSIOANL S6000やYAMAHA A5000といった末期的な巨大恐竜のように肥大化したハードウェア・サンプラーのファイナルステージでもあった。そして時代の要請により、それらはすべて音源モジュールであった。それら最終進化型サンプラーの世において、その最後に登場した哺乳類型爬虫類の如きミュータントが新時代の朝を告げる6音ポリ・マシンROLAND VP-9000でありVarPhrase技術だったとも言えよう。

 

 ラインナップの大半が音源モジュールという珍しい楽器メーカーE-MU。豊かなコンテンツパワーの果実たち。それでもデイヴ・ロッサムは「楽器」を作りたいという思いからキーボードへの夢が忘れられず、かつてSEQUENTIAL Prophet-T8などの鍵盤も製造したPRATT READから鍵盤製造マシンを手に入れたり、今ではスマホやタブレットに使われている静電容量センサーをキーボードに応用し、厳密にベロシティや鍵盤の沈み込み位置を計測しつつも安い価格で鍵盤楽器を商品化できないか追究。しかし極上のキータッチを備えた絶品かつ安価なキーボード・コントローラーという彼の夢は、1990年代のうちに消えたのであった。

 

 そして八面六臂の活躍をした彼の会社もまた SoundBlasterを作ったシンガポールのCREATIVEに吸収され、E-MUの名は今はなぜかヘッドフォン2機種に付与されているのみ。だが実は買収後のデイヴ・ロッサムはCREATIVE自身の機種開発に忙殺されていたらしい。そしてその後、彼は表舞台から姿を消した。

 

 MIDIは電子楽器を役割別に要素分解し、おのおのの目的に特化したコンポーネントへと分化せしめた。結果、キーボードやドラムパッドのようなコントローラーも出れば、音源モジュールも誕生。そしてEIVのような音源モジュールは、DAWプラグインとなってパソコンに吸収される時が来た。

 

 それでもなお楽器が生き残るためには、精緻なDAWとは違う道を、つまりソフトウェアに最適なハードウェアを身にまとう道を、フィジカルな躍動感と人間の出番の多さとを楽器に求めることになった。AKAI PROFESSIONAL MPCはそうやって成功を積み重ねた今日的なサンプラーであり、ENSONIQ ASR-Xはあまりにも惜しい対抗馬、BOSS SP-202 Dr. Sampleはうまく下をくぐって庶民の味方SP-404シリーズに至る血統の開祖となる。

 

ツウな逸品を生み出すデイヴ・ロッサムの現在

 E-MUとは、なんだったのであろう。

 世界の創造神MOOGとARP。それら創造神を倒した英雄OBERHEIMとSEQUENTIAL。

 ポリシンセの盟主であるとともにネットワークの先駆者だったOBERHEIMとSEQUENTIAL。パラレルかシリアルかの違いこそあれ、この2社は楽器をネットワークでつなげたのであり、そのノードにわくわくするポリシンセの名機たちを置いた。

 

 そのポリシンセを支える技術インフラを構築したE-MU。OBERHEIMとSEQUENTIALが安価な日本勢とのハードウェア競争に破れて倒産したときも、E-MUだけはコンテンツパワーでもって生き延びたのであった。ハードウェアによるインフラからソフトウェアによるインフラへと時代に合わせて飛び移ったアタマの柔らかい天才E-MU。かくしてE-MUは価格競争に巻き込まれること無く、高いプロファイルでもって付加価値をつけ長く電子楽器業界のプロフェッショナルとして君臨。してその最後は日本勢に敗北するのではなく、コンピューターという究極のコンテンツ・プロバイダーによって静かに吸収されることとなった。楽器であることにこだわったデイヴ・ロッサムの姿がステージから消えたとき、それは楽器の難しさを示すものとなった。

 

 すっかりDAW時代になった2016年、突如としてデイヴ・ロッサムはE-MUとは違うところからカムバック宣言。ROSSUM ELECTRO-MUSICを名乗り、以来、今日に至るまで強烈にヲタな仕様のユーロラックモジュールをたくさん送り出している。

 

 やり過ぎ感たまらん3次元Z-Plane FilterモジュールことMorpheusは、前述のEIVなどに搭載されたものをさらにやり過ぎにした満腹フィルター。やり過ぎ感たまらん8chサンプラーモジュールAssimili8or。複雑怪奇なCVジェネレーターControl Forgeなどなど、もはや鬼才とも言えるデジタルモジュールたちが綺羅星のごとく舞い踊るはさすがデイヴ・ロッサム。

 一方で自身が発明した最愛まろやかアナログフィルターことE-mu Modularから2100 LPF Module、それを元に開発したラダー型VCFモジュールEvolution、0.1Hz〜25kHzまで安定したレゾナンスが得られるのだというこれもまた鬼っぷり。これらはさしずめ21世紀版E-mu Modularとも言うべきものであろう。

 

 同社からはサンプリング・リズムマシンの名機SP-1200もリバイバル、なんとプレミアム価格4,000ドルにて再登場。さらに2020年からはSP-1200 35th Anniversary Renovationとして驚天動地7,500ドルで販売中。

どうがんばっても75万円以上するサンプリング・リズムマシンをポチりたい勇者は、こちら。

https://shop.rossum-electro.com/products/sp-1200-35th-anniversary-renovation

 そして実は新生SEQUENTIALのサンプリングシンセProphet-Xにも、デイヴ・ロッサムが設計したVCFが搭載される。かつてVCFの銘機とうたわれKORG Polysix に採用された SSM 2044、その復刻改良版SSI 2144。どちらのIC開発にも噛んでいるはここにもやはりデイヴ・ロッサム。二人のデイヴの合作Prophet Xでは、そのSSI 2144でサンプルを加工できるので試していただきたい。同じフィルターICはUDO Super-6にも搭載され、やはり天才デイヴ・ロッサムは再びの影の功労者として、影に潜み、影で暗躍する謎のテクノロジカル小僧に戻った部分もあるのかもしれない。

 

 デイヴ・ロッサムには電子楽器の基礎技術開発に軸足を置いた前半と、コンテンツでもってビジネスをけん引するモデルとなった後半とがあった。そして両者に共通するのはインフラへの理解。コスト重視、大学ですら経済効率、科学誌『Nature』ですらセンセーショナルな話題性を求められすぎて、功に焦ってしまったのがちょっと前にあったほにゃらら細胞事件の深層。それくらいちょっち前の話だけどオバマも言ってたよね、「不景気な今だからこそ将来への先行投資として、応用研究ではなく基礎研究への予算を倍増する」って。何でもかんでも分かりやすくてセンセーショナルな話題ばっか探し求めない、地道な基礎技術への理解、さすがです。山というものは裾野が広いからこそ高く成長できるわけで、厚い基礎技術の底力、これ大事。

 

 そしてその影の革命家として天才遊撃隊長デイヴ・ロッサムが夢想するもの。それはツウな逸品やツウなテクノロジーを音の宇宙に送り出すこと、電子楽器のツウなる仕出し屋さんとなることなのか。次回はその彼をして驚かしめたもう一つのメーカー、そう、E-MUとくりゃもう一つのEについても語らないとね。

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nemosynth(ネモシンセ)

【Profile】京都市生まれ。幼少期を海外で過ごす。自然科学少年あらため人類学専攻。言葉にならない音で世界を分節化する音色フェチ。その海外にて、スザンヌ・チアーニが弾くBUCHLAをテレビで見たのが、シンセを意識したなれそめ。一時期ハード・シンセ 40 台その3/4がMIDI無し。今はビンテージから最新アプリまで、十数台のハード・シンセと無数のソフトやアプリ・シンセにまみれる。

https://twitter.com/nemosynth

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