OBERHEIM 小史【シンセサイザーのフロンティア〜ヘンテコなシンセたち】Season 2 Episode 1

OBERHEIM 小史【シンセサイザーのフロンティア〜ヘンテコなシンセたち】Season 2 Episode 1

「XpanderにはIBM社製PCの倍の演算能力を持たせてあります。ですが、それでもこの速さでしか数をかぞえられないのです」
(We've put twice the computing power of an IBM PC inside the Xpander, but even so it can only count SO fast!)

 OBERHEIMの名機、Xpander(エクスパンダー)。その取説にある文章をちょこっと超訳してみた。お客様に対しマトリクス・モジュレーションが最大20系統しかないことにご理解をもとめるこの文章。逆に20系統もできるのか!と驚いていたユーザーにしてみれば衝撃的に謙虚に映った。

 Xpanderと言えばビンテージ・アナログシンセ最後期の名機のひとつ。だがその伝説は単に太くてあたたかい音だけではなかった。そこには生みの親トム・オーバーハイム氏による卓越したデジタルテクノロジーも光っていたのである。こんにち的シンセの礎を築き上げた言わば第一世代のBUCHLA、MOOG、ARPが倒れたあと、シンセの開発を牽引した第2世代はOBERHEIMの創業者トム・オーバーハイム、E-MU SYSTEMSの創業者デイヴ・ロッサム、SEQUENTIALの創業者デイヴ・スミスなど。彼らが数々のビンテージ・アナログシンセの名機を世に送り出すことができたのは、ひとつには彼らがすぐれてデジタルテクノロジーのマエストロたちだったからでもあった。

 そんな歴史を、簡単に追ってみたい。

♬ 創世神話〜リングモジュレーターからシーケンサーへ

 トーマス・エルロイ・オーバーハイム(Thomas Elroy Oberheim)、通称トム・オーバーハイム。1936年七夕生まれ、アメリカ中西部カンザス州出身。

 

 戦後、高校の時から電子工作少年となりステレオを自作。大学でコンピューターサイエンスを会得した彼は電子工学エンジニアとして就職。アナログ回路のみならずコンピュータープログラミングもまた楽しくて仕方がない。楽器演奏はしなかったが趣味で音楽を聴くようになり、友人たちに求められるままにパワー・アンプなどを製作。そんな中 1966年カリフォルニアで知り合ったエクスペリメンタル・ハプニング系プログレバンドのボーカリストだった女の子から
「前のバンドにいたギター野郎がリングモジュレーターを使ってたんだけど、あたしにも作ってくれない?」
とかなんとか、たぶんそうだったんじゃないか劇場な感じで。

 

 リング変調器? UCLA大学図書館にて資料をディグってみれば、ハラルト・ボーデ(Harald Bode)が1960年に作っていたというぼんやりした雑誌記事あり。それは若きトム・オーバーハイムをして音楽と電子工学テクノロジーとを結びつけた、ひとつの小さな春の遠雷のようなものとなった。

 

 趣味の一環としてリングモジュレーターをいくつか作っているうちに評判となり、1970年には映画『続・猿の惑星』で使いたいというオファーが来た。20世紀フォックスのスタジオに機材を持ち込めばオケの団員数名が興味を示し、なんとそれを買いたいというではないか。技術者だましいに火がついたトム。キャリア・オシレーターを追加、プリアンプも付けましょう、原音とエフェクト音とも混ぜられるようにしてみました、愛らしいロゴマークをデザイナーに作ってもらったからおっきく載せてあげるね♬

 

 かくして1970年、史上初のライブパフォーマンス向けリングモジュレーター、その名もMusic Modulator爆誕。その不思議な音色は初のOBERHEIMブランド機種がかわいい産声をあげた瞬間でもあった。

 

 すると今度は大手ディーラーが自社ブランドでも販売したいというではないか! いきなり我が子が人気者になるを約束されたようなものか。

 

 彼へオファーしたブランドとは、零細メーカーたちがテクノロジーを駆使して開発した電子音楽デバイスをその大手ディーラーが仕入れて販売するためのものであった。それこそが今や人気不動のMAESTROブランド。

 大手流通網に乗ったMAESTRO Ring Modulatorの名はまたたく間に広がり、大西洋を渡ったイギリスのハードロック・キーボーディスト、ジョン・ロードがディープ・パープルでHAMMOND B-3にかけて叫ぶようなフィードバック的サウンドを出し、キーボーディストたちに「今まで台所でまな板に向かってとんとんしてるとしか見えなかった僕たちもギターみたくかっこよくなれる!」とハートに火をつけた。

 

 続けてトム・オーバーハイムがMAESTRO Phase Shifterに至ってはベストセラーとなり、はるか後の2022年、ついにネット配信されたシンセヲタ御用達のフランス映画『ショック・ドゥ・フューチャー』でもその勇姿を、たんと拝める。

 やがてNAMMショウへ足を運ぶようになったトム・オーバーハイム。セミモジュラーシンセARP 2600がNAMMショウでは人気好調なのに、彼が住んでいたLAではどの楽器屋さんも販売していない。そこで彼はARPのディーラーとなり、既にリングモジュレーターをお買い上げいただいたお得意様に今度はARP 2600を売り歩く。ビジネスうなぎのぼり。当時シンセを扱ってくれるディーラーなんて珍しかったから彼のお店はLA界隈で有名店。

 

 そこからトム・オーバーハイムが作ったのがMOOG MinimoogやARP 2600を駆動できるデジタル・シーケンサー DS-2A。まだマイクロプロセッサーが無かった時代につき論理ゲートを組み合わせて製作、RAM容量1,024ビットで128バイトのはずが当時まだ8ビット=1バイトにまとめる概念もない。最初は48音しかメモリーができなかったらしいが、それでもせいぜい12ステップのアナログシーケンサーくらいしかない当時、鍵盤入力までできる DS-2Aはユーザーフレンドリー! トムの音楽的センスあふれる先進性がきらりと輝く。最終的には144ステップもメモリーできたのだから言うことなし。

 時に1973 年。OBERHEIMブランド2番目の機種にして最初のシーケンサーが生まれたのである。

 

 エフェクターの次に作ったのがシンセではなくシーケンサー、それもデジタルシーケンサーであったということ。MIDIが誕生する10年以上も前であったこと。そんな時代から既に彼がコンピューターサイエンス・エンジニアであったことを想起すれば、それはデジタルにも強い彼がやがて大輪を咲かせるであろうことを予感させる、シンボリックかつ既に迫力に満ちた存在だったのである。

 

♬ SEMカンブリア時代〜クロスオーバーの開拓

 持ち前の先取の精神を発揮したトム・オーバーハイム、矢つぎばやに次の機種を開発。これがアナログ・モノシンセ音源モジュールの名機 SEM(Synthesizer Expansion Module)、そしてそれを元にした鍵盤つきポリシンセの名機=2Voice、4Voice、8Voice。OBERHEIMは一躍アナログシンセメーカーとなって躍り出た。

 まずSEMなる音源モジュールを先行開発した理由は、自身のシーケンサー DS-2AでMinimoogや2600やなんかを駆動するより、DS-2Aと音源モジュールとを組み合せて伴奏させ、それをバックにMinimoog みたいな鍵盤つきシンセでソロをとったほうが音楽的かつ便利だと気づいたから。しかも既存機種と音のキャラがかぶらないよう VCFの肩特性を−24dB/Octではなく−12dB/Octに変え、LPF/BPF/HPFの連続可変ステート・バリアブルフィルターを採用。よりブライトな音色を得意とさせた。

 

 次にSEMに鍵盤をつけて自前のキーボードシンセ化。SEMにくっつけた鍵盤とはE-MU SYSTEMSのデイヴ・ロッサム(Dave Rossum)が開発したデジタルスキャニング・キーボード。デジタルが分かる者同士の連携プレイであった。しかもこれらは複数のSEMを1台にまとめて鍵盤をくっつけただけなので、いちいち各SEMで音作りしないといけなかったが、逆に言うと1音ごとに違う音色に設定することもできた。すなわちポリフォニックかつポリトーナル(polytonal)な楽器。1台ずつ違うピッチにすればコードメモリーっぽく和音を並行移調演奏すらできた。さらにはポリフォニックポルタメントもできるシンセなんて当時なかなか他に無い。

 

 ちなみに末っ子2voiceには秘密兵器8ステップ・アナログシーケンサーを搭載。2音ポリのシンセとして普通に弾くモードだけでなく、1音は内蔵シーケンサーで駆動し、もう1音を本体鍵盤から手弾きできるというヴァンゲリスやタンジェリン・ドリームやクラフトワークのファンが泣いてよろこぶモードも装備。1音ずつ別々の音色にできる意味はここでぐっと深まるね!ってか何気にもう原始的なワークステーション・シンセと言って良いんじゃないの?

 4Voiceの開発が終わるころ友人づてにスティーヴィー・ワンダーへ知らせると、持ってこいと言う。プロトタイプを持っていって弾いてもらうと、買うという! 試作につき中の配線がひでー状態なのだがスティーヴィーはまだその4Voiceを持ってるらしい!

 

 とはいえまだまだ一般的に鍵盤楽器といえばアコピ、エレピ、オルガンという時代、シンセはニッチで「おたくな楽器」。その上4Voiceでも4,000ドル、8Voiceに至っては 8,000ドルもしたため、ばかじゃねーの!?というディーラーもいたらしいが、前述のスティーヴィーはじめハンコック等そうそうたるお歴々がご購入ご愛用。


 でもトム・オーバーハイムがアタックディケイエンベロープジェネレーターフリーケンシーレゾナンスミキサーVCAなどと技術用語マシンガントークしまくったがためにジョー・ザヴィヌルに至っては参った様子、我に返ったトムが自粛したものの時既に遅しこれはあかんやろと思ってがっくりんこしていたら、ひと月ちょっとたったころにザヴィヌルがやってきてドヤ顔で名曲「Birdland」のラフミックスを聴かせてくれたという。

 かくして4Voice による名演はクロスオーバーという新ジャンルを開拓したのであった。新しい楽器が新しいジャンルをつくる。そのクロスオーバーに勘違いされたこともあった初期のYMOにて、矢野顕子が8Voiceをライブ演奏していたのも不思議に楽しい因果。OBERHEIMの売上は伸び、徐々に会社らしくなっていった。

 

 そしてSEMを踏まえて出てきたのが、小型アナログ・モノシンセに音色メモリーをつけたOB-1。1977年。

 OB-1は8音色を完璧にデジタル・メモリーへとストアできたため史上初のプログラマブルシンセ(音色を記憶できるシンセ)のひとつとなった。OB-1という機種名は大ブレイクした映画「スターウォーズ」の登場人物オビ=ワン・ケノービ(Obi-Wan Kenobi)のファースト・ネームから取ったとか逆なんだとかさまざまな都市伝説を呼んだが、そんな偶然もまたおもしろい。

 だが、この機種は不運にも日影の機種となった。

 

♬ 風雲児 OB-X〜カンブリア紀ポリシンセ大爆発

 1978 年1月、なにやら無名の新参ガレージメーカーがNAMMショウにて新しいシンセを発表するという噂が広まり、「列強」たる既存シンセメーカーの社員たちはその小さなブースにたかっていた。OBERHEIMもそうした列強のひとつ。でも当日の朝になってもお目当ての新製品は見あたらない。昼ごろになってようやく1人が小脇に試作品のキーボードを抱えてブースに持ち込んできた。徹夜で不具合を直しつづけ、朝までかかってしまったのだという。その実機を見た列強メーカーたちは「なんだ、ミニモーグをポリフォニックにしただけじゃね〜か」と気分は大山鳴動ねずみ一匹。

 

 だがその無名の新参メーカーとはのちに伝説となった SEQUENTIAL、昼下がりのブースに1人で試作機を持ち込んだはトム・オーバーハイムと同じくデジタルに強い天才エンジニアこと誰あろうデイヴ・スミスその人、そして彗星のごとくデビューした新製品こそが後世にまでその名を轟かすこととなったゲームチェンジャー、ビンテージ・アナログ名機中の名機、そう、Prophet-5 であった。

 

 メモリーもないモノシンセが常識だった当時、5音ポリで 40音色メモリーを搭載した Prophet-5 は革命的。それは当時誰もやっていなかったCPUでシンセ全体を制御させるデジタルの勝利。それを具現化したデイヴ・スミスの先見性はすばらしく、NAMMショウ3日間だけで注文殺到、まさしくProphet-5はflying off the shelf=飛ぶように売れ、デビューから半年もたつとその独壇場ぶりが列強メーカーたちを慌てさせることになる。トム・オーバーハイムもその一人であった。なんせご自慢の4Voiceの売上が本人いわく「でっかい岩が転がり落ちるみたいに」赤丸急降下、真っ逆さまに奈落へと崩壊したのだからたまらない。

 

 しかも相手はのちに「モノシンセはMinimoog、ポリシンセはProphet-5,デジタルシンセはDX7」などとシンセ技術史のランドマークとして並び称されることになる巨人。足元が文字通り崩落するがごとき未曽有の危機にトム・オーバーハイムは新製品開発を5カ月に圧縮、次世代シンセ開発突貫工事。

 

 そして翌1979年夏、サマーNAMMショウにてSEQUENTIALの挑戦を受けて立ち、リングによじ登ってきた新機種こそが、王者Prophet-5の前に立ちはだかった最初のチャレンジャーことOBERHEIM OB-X だったのである。

 

 してNAMMショウ当日。それでも過熱するばかりのProphet-5の大人気ぶりに、ショウが終わるころには俺の会社は倒産してんじゃねーかとトム・オーバーハイムは冷や冷や。いやぁ〜未知の新機軸へ果敢にいどむ心労しかも後追いモデルほんとうにお疲れさまです! そしてフタを開けてみれば3日間ほどで50 万ドルもの絶好調セールスを記録、渾身の一撃、面目躍如! そしてここにポリシンセたちによる新しい群雄割拠の時代がスタートした。

 OB-X はモノフォニックの基板回路「ボイスカード」を採用。4音ポリ版、6音ポリ版、8音ポリ版という3バリエーションが存在。ポリ数が不定であるために代数X(エックス)の文字を機種名に入れた。5ボイスのプロフェットと対決する後発にふさわしい優位性。それは 2Voice、4Voice、8Voiceを実現したSEM的発想か。

 

 しかも旧機種では各SEMを違うピッチに設定しコードを並行移調して演奏できたが、OB-Xではコードメモリーを搭載することで再現可能。これもProphet-5には無い特典。コード「メモリー」という発想もデジタルですね。

 

 他社とは違うー12dB/OctのLPFによる明るい音色も非常に好評、ざらざらしたダスティでブライトなサウンドは陽キャなアメリカン・ハードロックと融合し明るくかっこいい新境地を切りひらいた。先のクロスオーバーでもてはやされた4Voice、テクノの神器ヤオヤ、そしてOB-Xもまた新しい楽器が新しいジャンルに貢献した好例であろう。その他にもそれまで「No Synthesizers」を誇ってきた大英帝国クイーン陛下が初めて、かつ潔く大胆に導入したシンセが OB-Xであったという点でも感慨深い。

 

 かくしてトムとデイヴとでアナログ・ポリシンセという新しいマーケットを開拓、他社もこぞって追随しELKA Synthex、ROLAND Jupiter-8、Juno-6 などヒーローとも言える新機種が輩出、時代に乗り遅れた旧世代MOOGと ARPは倒産、風雲児OBERHEIMとSEQUENTIALとがシンセ業界で双璧をなす存在となり台頭、黄金の80年代はさしずめカンブリア紀ポリシンセ大爆発、躍動感あふれる新時代となった。

 

♬ OB紀〜機器間ネットワークとPCMリズムマシン

 勢いに乗ったトム・オーバーハイム。

 

 OB-X 後継機種としてOB-Xa、OB-8へと活発にモデルチェンジ、ロジャー・リンが史上初 PCMリズムマシンLM-1を出すのを見て、ただちにより安価なPCM音源リズムマシンDMX、DXをローンチ。さらにデジタルシーケンサー DSXなど新製品の数々を送り出し、MIDIより先に独自のOBERHEIMパラレルインターフェイスをも開発、のちのMIDIよりも高速の並列データ通信を実現。デジタルの強みを発揮しまくってOBERHEIMの機種だけですべてライブから楽曲制作までをも可能にするエコシステム、その名も「Oberheim System」を打ち立てた。


 実は試作機の域を出ないがOB-Xaを元にした OB-Expanderなる卓上型音源モジュールまであった。ちなみにこれは MIDI 時代の音源モジュールXpanderとは異なる、先駆者的存在。

 

 さらに繰り出したるは奇想天外な機種、ミュージシャン向け卓上型ROMライターPrommer。これはユーザーサンプリングした音色に原始的なタイムストレッチやリングモジュレーションなどなど編集した上でEPROM(Erasable Programmable Read Only Memory:書き込みと紫外線による消去が可能なROM)に焼き、それをリズムマシンDMX内蔵EPROM とユーザーが差し替える(!)という恐ろしい機種。PrommerとDMXとのセットが中古であったら貴重♬ 8ビット/32kHzサンプリングなんてイカす♬ そして DMX はその安さがゆえにヒップホップ業界で AKAI PROFESSIONAL MPCへのオルタナとして後に再発見されることにもなった。

 

 プリセット型シンセという自己矛盾したかのごとき機種 OB-SXに至っては、実はOB-Xaと音色データが互換するがためにOB-Xaで自作した音色をカセットテープに保存、それをOBERHEIMに郵送すると EPROM に焼いて返送してくれるという神サービスまであった。


 むろんPrommer/DMXもOB-SXも、EPROMはお客様が自分で交換。特に基板を触る前にはくれぐれも静電気を放出しておいていただけますよう、よろしくお願いいたします。実はPrommerで焼いたEPROMはOBERHEIM以外のリズムマシンでもこっそり使えたらしいよ。トム・オーバーハイムにはライブラリービジネスの曙光が見えていたのかな?

 

 ところでOB-X景気に湧いた1979 年から1980 年にかけて、トム・オーバーハイムはカリフォルニア州立短大でコンピューター・ミュージックのセミナーを担当。するとそこに潜り込んできたるは高校生1名。そのハイスクールキッドにニュータイプとしての素質を見出したトム・オーバーハイム、なんと彼をスカウトしてフラナガン機関ばりに社員登用。そしてそのさとい彼が作ったのが実はシーケンサーDSXであった。その分解能は4分音符=96であったというから、のちのMIDIハードウェア・シーケンサーの名機YAMAHA QX3やROLAND MC-500とも互角、それでいて並列通信でもってMIDIより高速。

 

 しかも彼は売るのもうまい。そしてこの若き才能はのちに電子楽器業界におけるデジタル革命家となる。

 

 というわけでデジタルへの造詣の深きトム・オーバーハイムがもたらしたアナログポリシンセの繁栄。だがこの先進性優位性が、逆にOBERHEIMをしてMIDIをあなどることにつながってしまう。

 

♬ マトリクス・モジュレーション紀〜Xpander

  1983 年、MIDI爆誕、DX7爆誕。OBERHEIM沈黙。

 

 1984年にOBERHEIMはこれまではとは全く違ったビンテージ・アナログの名機Xpanderをリリース。MIDI 規格制定にかかわらなかった同社はスタートダッシュにこそ出遅れたが、しかしその1年後にマルチパートMIDI音源モジュールを出してきたという、やはりデジタルに強いトム・オーバーハイム貫禄の力作であった。

 

 しかもそれだけにとどまらない。

 

 6音ポリの卓上型音源モジュールXpanderは音声経路こそフルアナログかつVCO→ VCF→ VCAと減算方式なカタチに結線済みであったが、変調はすべてデジタル演算で行いその結果をアナログ音声回路に反映する機種。そしてこれら変調システムをXpander は史上初のマトリクス・モジュレーションというカタチに整理して搭載。24基の内部モジュールにまたがるモジュレーション経路を冒頭に紹介したとおり、最大20本のルーティングでもって結線する、つまり史上初のプログラマブル・セミモジュラーシンセ、仮想セミモジュラーとも言える存在であった。

Xpanderのモジュレーションソース・セレクト

 

・変調はデジタルで
・音声はアナログで

すなわち

・デジタルによる卓越した表現力
・アナログによる豊潤な音色

 2つの宇宙のおいしいとこ取り。

ページ・セレクト部には信号の流れが図示されていた

 マトリクス・モジュレーションとしてパッチングした結果は100音色メモリーに保存され、MIDIプログラムチェンジで瞬時に切替可能。広大なパッチングを一発切替だなんて、なんという夢のようなセミモジュラーシンセであろう。パッチングのノウハウをプリセット音色から学べるのもありがたい。

PAGE MODIFIERは選択したパラメーターをコントロールするセクション

 ただEGが原始的なソフト処理のためにXpanderではアタックがナマる傾向にあった。よってXpanderはシンベには向かず、代わりにシンセブラスは荘厳なものになった。

 

 さらに VCAにEGをつながない限り音すら出ないセミモジュラーの徹底ぶりゆえ、逆にLFOをつなげれば周期的にゲートが開閉し、打鍵しなくとも電子ししおどしの如く音があちこちに散乱する楽しい芸もできた。LFOには他の変調信号をクオンタイズするモジュレーション・シェイパー機能まであった。


 内蔵モジュール24基×6音ポリなので、144基ものモジュールが内蔵されていたことになる。これをユーロラックで実現したらと考えるとき、仮想セミモジュラーとしてデジタルで具現化したトム・オーバーハイムのビジョンに、しかもプログラマブルであるという着想には感謝しかない。

 

 Xpanderは6パートのマルチ音源にもなりパートやボイスごとにパンも設定可能。リアパネルにはCV/Gate入力端子が6ペアも壮観に並び、CV/Gate to MIDIインターフェイスにすらなった。これはOBERHEIM DSXシーケンサーを通じて同社パラレルバス世界とMIDI世界とを橋渡しするだけでなく、ROLAND MC-4のようなMIDI以前ながらに強力な編集機能を有するシーケンサーがあった当時うれしい機能にもなりえた。


 卓上型というのも操作しやすい。垂直ラックなんて腕が疲れる。3つもある蛍光管ディスプレイと6つのファンクションキーや6つのエンドレスエンコーダによる操作性もまた斬新。今ならFL管ってだけで雰囲気あるよね。

 

 すなわち Xpanderとは

・デジタルによるマトリクスモジュレーション
・デジタルによるリモート操作ことMIDI対応しかもマルチ音源
・デジタルによるディスプレイで実現した多彩なパラメーター操作

 これら3つのデジタルに支えられた画期的な新世代シンセであった。


 加えて何よりも音の良さ。曲芸的なプリセット音色からは分かりにくいが、Xpanderは自分で音を作ると太い音もする素性の良さがあった。ベロシティが効くVCOシンセというだけでも貴重! してお値段64万8千円と、安価な日本製とは一線を画す完全プロ仕様。

 

 「Matrix Modulation」の名はそのままOBERHEIMの登録商標となり、他のメーカーは語順を逆にして「Modulation Matrix」と呼んだり、ROLANDのように「Matrix Control」と別名称にしたりして回避している。いまだにそうであるところを見るとやはりハードウェアものづくりにっぽんとは対照的なソフトウェア大国USA の、その自由な発想と底力とを垣間見る思いすらする。

 

 史上初のバーチャルモジュラー。しかもCV/MIDI音源。内在する複雑なモジュレーション・ネットワーク。外在する広大な CV/MIDIネットワーク。


 2つのネットワークがフラクタルであるかのごとくリフレインされるは、まるで大宇宙の中に小宇宙があるかのようだ。もはや受動的な音源ユニットの枠を超え、能動的にネットワークの中でおしゃべりし聴き耳を立て反応しながらさまざまな役柄をこなす存在なのであった。そして新しい操作性によりスコープを通して音の銀河を眺めるようにエディットする。


 それは来たるべきネットワーク社会をも予見させる未来からの使者、未来のプロトタイプのような機種ですらあった。

 

 この後OBERHEIMはXpanderを2台分搭載した12音ポリ最終進化型アナログシンセ・キーボード、その名も Matrix-12を発売。98万円というハイエンド・プライス、ますます広大なマトリクス・モジュレーション、宇宙の深淵をのぞきこむようなディープな音、これらはデジタルシンセ時代にあらがう巨大恐竜のようなビンテージ・アナログ最後の主役となった。

♬ MARION SYSTEMS紀〜弁護士を信用するなよ

 だが1985年にOBERHEIMは倒産。あげく弁護士連中に乗っ取られ、その2年くらい後にトム・オーバーハイムは退職。「弁護士を信用するなよ」とは彼の名言。

 

 残された名機Matrix-6、Matrix-1000は哀しき遺児たち。目の付け所が秀逸だった史上初ジェネリックなサンプルプレイバッカーDPX-1なんて後のライブラリービジネスをどれほど先取りしていたことか。このコンセプトがそのまま育まれ続けたなら今のDAW時代コンテンツ万歳テクノロジーはさらに数年先を行っていたかもしれないのに、ついえ去る。無念!

 自らの名を冠した城を去った彼は一時期ROLAND初のハードディスク・レコーダーDM-80の開発顧問などを務めた後、小さなメーカーMARION SYSTEMSを立ち上げる。

 その初号機MS-9Cとは、当時の花方だった12ビットサンプラーAKAI S900を16ビット化する基板1枚という驚きの新製品。S900特有のハイ上がりな周波数特性を再現するスイッチまで設けたこだわりっぷり。

 

 続けて1994年に送り出した弐号機MSR-2は、1Uラックのアナログシンセ音源モジュールと思いきや、中身を入れ替えることで違う音源になったりエフェクトになったりといくらでも機能が七変化するメインフレーム機種。ピッチが安定したHROことHigh Resolution Oscillatorも搭載。

 MS-9CとMSR-2に共通するのは、メインフレームとなるハードウェアへ基板ライブラリーをインストールすることで機能をフレキシブルに変えるという先駆的ビジネルモデル。

 

 ちなみにこの間トム不在のOBERHEIMからは、PerFX シリーズ、OB-Mx、OB-12、MC-3000 などなど出ていたとはいえ、あえて申し上げるなら決してトム・オーバーハイムが描いた “コミュニケーションするシンセ“ などのように遠く未来を見通すビジョナリー的な視点に裏打ちされたものとは思えない。どちらかというとその場その場で場当たり的に単独の魅力だけでぽっと出た感がある。むろん各機種の個性は光るので名機もあるには違いないのだが。

 だが最後にはギター用エフェクトに転身しようとするも、何屋さんなのかよくわからないメーカーとなって同社はついに21世紀初頭に消えた。

 

 MSR-2メインフレームのデビューから15年たった2009年、楽器業界に戻ってきたトム・オーバーハイムはSEM復活を宣言。紆余曲折を経て2011年から、
・SEM MIDI版
・SEM パッチパネル版
・前2者を合体させたようなSEM Pro
 この3機種を発売。SEM Proで14万4千円。2014年にはキーボードシンセTVS-2 Two Voice Proも発売。

 2016年には良きライバルであるデイヴ・スミスとともに今の新生SEQUENTIALからのOBERHEIM機種となる OB-6を発売。OBと命名されるも中身はSEM ベースの設計、非常に良質なアナログの音がする現代版6音ポリシンセの名機。

 さらにOB-6は同社Prophet-6の姉妹機種。その Prophet-6は当時まだDAVE SMITH INSTRUMENTSと名乗っていた同社にとって、SEQUENTIALブランド復権の旗印となった。その姉妹機種にOB-6が来るという、2人のロゴが並ぶという、予想もしなかったレジェンダリー・エンジニア2人の元気コラボ。デビュー動画が旧友たちの友情をあますところなく伝えていてイカス!

 2019年にはGIBSONがOBERHEIM商標権をトム・オーバーハイムに返還。2021年8月3日にはBEHRINGERの親会社MUSIC TRIBEからも商標が返還され、弁護士に乗っ取られてから実に36年ぶりに彼は自分の名前を手にすることとなった。自分の名前すら自由に使えなかったんだから、ほんによかったですね。

 

 彼が2度目に作り出したSEMシリーズやTwo Voice Pro などを特徴づけるのは、中身や音のこだわりもさることながらCV〜MIDIまで包括した統合的なネットワークへの対応であった。デジタルを駆使して生まれてきたDS-2Aシーケンサー以来、SEMしかり、前MIDI時代の先駆者Oberheim Systemしかり、フラクタルなネットワークを意識したXpanderしかり、新生SEMに至るまでトム・オーバーハイムが一貫して追い求めてきたものたちの一つは「おしゃべりしあう楽器たち」であった。

 

 それが今の時代ほど切実に求められていることはなかったかもしれない。

 

 見通せない未来と希望もシェアするグローバルなプラットフォーム、それはトム・オーバーハイムが暗黙のうちに求め続けてきたネットワーク時代の具現化であろうか。そしてそのネットワークに載って配信されし映画『ショック・ドゥ・フューチャー』にて、トム・オーバーハイムの伝説 Maestro Phase Shifterが名脇役の如く存在感を示しているのは、まさに彼が夢見た「つながる電子楽器」の夢ではなかったか。温かに揺らいで熱を帯びるアナログサウンドに耳を傾けつつ新生 SEMにパッチングしてネットワークにつなげるとき、そこに私たちはどんな音の未来の景色を見るのか。

 

 かつて高校生のときにトム・オーバーハイムにスカウトされシーケンサーDSXを開発した若き才能がいたと、先に書いた。その名はマーカス・ライル。のちに彼はALESISにてADATを作ることで、史上初アマチュア向けデジタルレコーディング・ツールを実現、さらにLINE 6を興し、保守的で真空管信仰が根強いギター業界にあってフレンドリーなアプローチでモデリング技術を持ち込み、PODというかわいいお尻のカタチでもってアンプシミュに市民権を与えた。そんなデジタル革命児となった彼は今でもトム・オーバーハイムを恩人としてリスペクトを表してやまない。

 

 OBERHEIMのテクノロジーはAKAI PROFESSIONALのウィンドシンセにも受け継がれ、初期のEWIシリーズは VCOシンセ音源に小規模なマトリクス・モジュレーションを搭載。さらに全く関係ないところでもARTURIAがアナログシンセ・ルネッサンスの波に乗ってミニ鍵アナログシンセMicroBruteを出すにあたり、小さなパッチパネルを用意し「モジュレーション・マトリクス」と銘打っていたのは象徴的ですらある。

 

 おしゃべりしあう楽器たちの時代。

 

 DS-2AもSEMもDSXもXpanderも、来るべきソフトウェアとコミュニケーションとネットワークの時代を十分に予感させるものでありながら、ほんとうに凌駕されるまで10年20年30年と待たねばならなかった。かくも人類が回り道をするものならば、今もまた。

 

 齢80を超えるトム・オーバーハイムにとって、事実上彼がたった一人で切り盛りしているMARION SYSTEMSの経営は大変なものであり、ここしばらくの全世界的な半導体不足によってTOM OBERHEIMブランドの新製品は在庫限りとなっている。文明の瓦解すら伝え聞く中、トム・オーバーハイムたち先人たちの叡智にならい早く全地球的な支援のネットワークによって老オーバーハイム爺を助けられる日が来ることを、ほんとうに切に切に祈っていたところであった。

 

 それがなにやら2022年4月13日、新しくOBERHEIMの復活を予告する動画が、むたむたクールすぎるクールな動画が。

 こ、これは、OBERHEIM3度目の復活!!!!! そしてついに現るOB-X8、時に2022年5月10日!!!!!

 

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nemosynth(ネモシンセ)

【Profile】京都市生まれ。幼少期を海外で過ごす。自然科学少年あらため人類学専攻。言葉にならない音で世界を分節化する音色フェチ。その海外にて、スザンヌ・チアーニが弾くBUCHLAをテレビで見たのが、シンセを意識したなれそめ。一時期ハード・シンセ 40 台その3/4がMIDI無し。今はビンテージから最新アプリまで、十数台のハード・シンセと無数のソフトやアプリ・シンセにまみれる。

https://twitter.com/nemosynth

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