CASIO CZ-101〜 【シンセサイザーのフロンティア〜ヘンテコなシンセたち】Episode 2

CASIO CZ-101〜 【シンセサイザーのフロンティア〜ヘンテコなシンセたち】Episode 2

 史上初の民生機デジタル・シンセとして一人勝ちしていたYAMAHA DXシリーズ。勝ち誇るその牙城への最初の挑戦者として立ちはだかったのは、だが意外なことに既存のシンセ・メーカーではなかった。

「電卓屋さんが楽器作るなんて無謀ですよ」

 創業者たち、その名も“樫尾さん”という苗字の四兄弟に由来するメーカー“CASIO”。1970年代からハイテクな電子計算機やコンピューターを開発製造販売し、そしてG-SHOCKなど腕時計関連で名機を輩出させたことで有名。

 

 1979年あたり、既にYAMAHAは小型でプリセット音色のみを搭載した電子楽器“ポータブル・キーボード”を発売予定であることをNAMM Showでアナウンスしていた。ご家庭向けにエレクトーンを小型化したような文脈で考えていたらしく、むろん販路は正しく楽器屋さん。その予告通り初代ポータサウンドことPS-1(鍵盤Fスケール2オクターブ半)、PS-2(同3オクターブ)、PS-3(同3オクターブ半)の三羽ガラスが発売されたのが 1980年。だがその出鼻をくじくかのように、CASIOは初代カシオトーン“CT-201 Casiotone”を、同年1月に発売したのである。しかも販路は電気屋さん! はなから楽器を相手にしていないエンタメ志向

 

 世の中アナログ・シンセしかなく、ましてや翌年にその王者ROLAND Jupiter-8が出るなんて誰も知らなかった1980年1月、なんとCT-201は既にデジタル音源を搭載。計算機メーカーが楽器を作るだなんて無謀なことをと誰もが笑ったというが、なにしろ“デジタルはカシオ”(というCMが当時ありました)。デジタル・テクノロジーが可能にせしなんぴとたりとも追いつけない価格破壊と優れた仕様と楽しい性能で、あっというまに低価格のご家庭用お楽しみ電子楽器ファミリー向けプリセット型キーボードという世界を築き上げ、ゲーム・チェンジャーとなったことは周知の通り。

 

 1980年にして既にデジタル・シンセシスを搭載したCT-201。8音ポリ4オクターブ49鍵、ベロシティには対応せず音色エディットも不可。その代わりプリセット29音色(YAMAHA初代ポータサウンドは4音色のみ)。スピーカーを内蔵しているので音も出る自己完結型の電子鍵盤楽器。9万7千円は高いと思われるであろうが、当時のシンセはアナログ・シンセばっかでポリシンセと言えば何十万円、モノシンセでも10万円前後というときに、ホーム・マーケットへ向けて電子ピアノでもオルガンでもシンセサイザーでもない8ボイス・キーボードが、しかも飛びきりの安価で殴り込んでくるとは誰も予想だにしなかったのである。

 

 「電卓屋」とバカにされたCASIOには、だからこそ大きな武器があった。デジタル技術と生産技術である。絶対に売れるものを徹底的に量産する。それも安定してクオリティをキープしつつ、ありえない低価格で桁外れな数で大量生産。ここで忘れていけないのは、“数撃ちゃ当たる”とよく言われるが、“数撃ちゃハズレはもっと増える”のである。ハズレ撲滅! 花形の設計開発エンジニアたちがヒーロー・インタビューに応える影で、撃って撃って撃ちまくれの檄(ゲキ)が飛ぶ中、ハズレ撲滅のためいかに製造/資材調達/品質管理の現場の皆さんが頑張っておられるか、それは美しきにっぽんのものづくり。不良率低減の5文字こそが工業立国メイド・イン・ジャパンの生命線。卓越したプロダクション・テクノロジー、イギリス英語ではインダストリアル・テクノロジー。廉価版デジタル音源キーボードをしかも圧倒的な台数で作るというのは、実は電卓屋CASIOが電子楽器をして量産品にまで押し上げし歴史的メルクマールですらあった。

 

 庶民の味方カシオトーンはあっという間に新しい市場を開き、すぐさま自動伴奏機能が付いてファミリー向けの定番となり、光ナビゲーションはもちろん、バーコードを楽譜の代わりに読み込むバーコード・リーダー搭載モデルまで出現、この痛快なる常識破りっぷりが大ウケ。音色やリズム・パターンのバリエーション急拡大。YAMAHAポータサウンドと一騎打ち。

 

 そして“子音母音方式”とも呼ばれたカシオトーンの音源方式は、その名の通り子音と母音、つまりアタック・トランジェントと持続音部分という2つの音色をまさに部分音合成するものであった。カシオトーンはその後のデジタル・シンセのあり方すらをも予見させる迫力に満ちた先駆者でもあったのである。ROMに言わばエンジニア様直筆の手描き波形まで仕込んだらしいから、すごいねぇ。

 

 そのCASIOが家庭用キーボードからさらに一歩踏み出し、プロ用シンセを手掛ける初めとなった、いわばパイロット・モデルのような機種がようやくここで紹介するCZ-101。ときに1984年11月。

楽器屋の限界をぶち破る徹底的なコスト・ダウンへ

 MIDIが誕生すると同時にYAMAHA DX7が発売され、あっという間にアナログ・シンセが過去の遺物として片付けられてしまってから1年。カシオが突如として発売した同社初のシンセCZ-101。それはDXへの最初のチャレンジャー、デジタル・シンセ対抗馬、YAMAHAにしてみれば“またお前か!”と言いたかったやも。ミニ鍵49鍵というかわいいフォーマット。エンド・ピンも付いてダサかっこいい肩掛けもできる。そのポップで直線的な80'sデザインは立花ハジメによるもの。のちのポップなカラーリングになった上位機種たちに比べれば、CZ-101のそれはまだまだ地味。だが既にDXとは全くテイストの異なる外観に、CASIOがYAMAHAの対抗馬となる片鱗が見えていた。

 

 だがいくらカシオトーンで成功していたとはいえ、さらにそこからいきなりヲタでニッチなデジタル・シンセへと跳躍するには、持ち前の大量生産技術だけにとどまらないCASIOなりの勝算があったはずである。

 

 まず計算機メーカーだったカシオは、その中枢となるデジタル演算を行うICチップなんぞいくらでもNECや日立などから買うことができる大口の大得意様であった。というのも電子楽器のために特化したICを作るとなると、仕様が特殊であるだけでなく計算機などと比べても圧倒的に販売台数が少なく採算割れするため、作ってすらもらえない。だが電卓屋カシオは既にチップ・メーカーからすれば御大尽さまご贔屓さま、むしろどんどんチップ・メーカーの方からさまざまな売り込みがあったはず。事実CZ-101には他社に作ってもらったICがたくさん搭載され、それでもって音源回路となした。電卓屋カシオ面目躍如!

 

 また徹底してコスト・ダウンすべく鍵盤におもりやスプリングなど付けることもなく、鍵盤下に敷いたゴム・スイッチそのものにいきなり鍵盤を載っけて直接支えさせ、ぷにゅぷにゅ言わすことで鍵盤の反発力を生じさせている! すなわちYAMAHAのように楽器屋さんとしてのプライドと歴史からタッチ・センスにこだわるのではなく、逆転の発想でタッチ・センスを省くことでしがらみから解放され、画期的にコスト・ダウンして斬り込んできたのである。しかも打鍵の強弱に左右されないおかげで、誰が弾いても一定のクオリティとなるを担保。旧態依然とした楽器にとらわれない、計算機メーカーならではの自由な発想であろう。

 

 さらにカシオトーンに欠かせない自動伴奏機能からヒントを得たのであろう、マルチ音源化。そしてお得意のミニ鍵でもって設計リスクの小さなパイロット機種となし、かくしてCZ-101はCASIO初の量産型シンセとして、しかもアナログ・シンセではなくいきなりのデジタル・シンセとして飛び出した。

「Xの次はZだ!」

 デジタルYAMAHAへの挑戦状を最初にたたきつけた思わぬ伏兵、CASIO CZシリーズ。ラインナップ急拡大。しかもヤマハDX9の失敗を見て、19万8千円がタッチ・センスなし機種として許される上限価格と見極めたのであろう、フラッグシップ・モデルCZ-5000とCZ-1とが、共に19万8千円で誕生。楽曲制作かプレイヤー志向かの二者択一。史上2番目の民生機デジタルは、だがタッチ・センス無きビンテージ・アナログの戦略を踏襲しつつ、それを画期的にデジタルで換骨奪胎して提示してみせた知恵者であった。

 

 同じことは、カシオ独自のPD音源(Phase Distortion Synthesis)にも言える。FM音源と同じく位相変調方式であり、サイン波の代わりにコサイン波を使うことでYAMAHAにシバかれた音源方式。だが、傍目にはただのデジタル化された減算方式にしか見えぬ。DCO→DCW→DCAというフローに隠されたモジュレーターとキャリア。DCWに至ってはDigital Controlled Waveという名の謎のモジュール。計33種類に達する音源波形なるものがもたらす音の多彩さは、とてもアナログ・シンセの比でない。レゾナント波形もあるばかりか、パルス波1波/サイン波1波/ノコギリ波1波の3つが交互に出現するという、キテレツな波形もある

f:id:sinoza:20210909135308p:plain

独自性にあふれたDCO→DCW→DCAというPD音源

 そればかりでない。CASIOの鋭さは、アナログであればカットオフとEGデプスに分化しているパラメーターを一つにまとめた合理化センスにもある。前例主義や様式美なお作法に対し、ちゃんと注意を払って革新しているのである。トドメはYAMAHAですら採用しなかった8ステップのエンベロープ・ジェネレーターを、しかも音程、音色、音量の3ブロック個別に持つことで、アタック・トランジェントすらをもEGで自作できるというぜいたくさと柔軟さを誇ったこと。すなわちトランペットを吹くときに唇が震えるリップ・ノイズ、撥弦楽器の弦のビビリなどなど、のちのサンプルのような鏡写しでは無いにしても、キッチュながらリアルな独自のキャラを持つに至った。アナログな音も、デジタルな音も、サンプラーのような音までもが出る万能シンセ! それがこんなちっちゃいボディで乾電池で駆動までできる! シンセ界のスイス・アーミー・ナイフのような機種、それが驚きの隠し玉CZ-101。

f:id:sinoza:20210909135629p:plain

8ステップのEGを音程・音色・音量のそれぞれに持っている

f:id:sinoza:20210927092241j:plain

8ステップEGでトランペットのリップ・ノイズ、つまり唇が震えるのもリアルに再現。同様に三味線の弦のびびりも再現可能(CASIO CZ App for iPadで再現)

f:id:sinoza:20210922162024j:plain

今風にサイド・チェインがかったディストーション・ギター・サウンドも、8ステップEGで楽勝(CZ App for iPadで再現)

 かくして音創りしやすい減算方式にしか見えないのに、新しい音がするところにデジタルが切り拓く未来があった。しかもサンプラーではなくシンセであり、PCMでもないが故、かえって自由に音創りできたところはシンセの本分をよくとらえている。リング変調やノイズ変調まであり、CZシリーズ上位機種に至ってはぜいたくな三相コーラスを備えるなど、画期的コスパも発揮。

 

 なお、DCOという言葉が使われているが、本来DCOとはピッチのみをデジタル制御させたアナログ・オシレーターを意味する。だがCASIOが言うDCOとは実はDCOではなく、フル・デジタル・オシレーターであり、すなわちDOとも言うべきもの。この混同が、他のDCOシンセをしてVCO原理主義者アナログ・シンセ警察から“音が薄い”などと因縁を付けられる要因になったやも。よもやクラブ・ミュージックにおいてCZの音が“デジタルなのにあったかい”などと重宝されることになろうとは、一体誰が思い描けたことであろう。

楽器市場の黒船=“電卓屋CASIO”の快進撃

 一連のCZシリーズを展開する傍ら、CASIOは史上初の16ビット・サンプリング・シンセFZ-1、高橋幸宏のタイコの音を搭載した言わばシグネチャー・モデルみたいなサンプリング・リズムマシンRZ-1、同じく幸宏が開発にかかわったデジタル・ドラム・セットDZ、音符マークが付いたボタンまで搭載し分かりやすい単体シーケンサーSZ-1、なんとMIDIスルー・ボックスTB-1に至るまで、一気に電子楽器ラインナップを広げた。CZ-101から4年後には次世代モデル、それもフルモジュラーなiPD音源(interactive Phase Distortion Synthesis)搭載デジタル・シンセVZ-1や、同音源を搭載したギター・シンセPGシリーズまで投入。

 

 さらにはアドバイザーだった冨田勲のために和製Synclavier的な巨大ワークステーション・システム“Cosmo Synthesizer”も制作している。これはCZ-101に先行する極めて大規模な実験機種であり、MS-DOSマシンを中核とし、PD音源モジュール8基、サンプラー音源モジュール2基が組み込まれたラック・タワーがそびえ、波形も音色もシーケンスも専用PCエディターで編集し制御するのであった。それを冨田勲さんはメディアアート・イベント“アルス・エレクトロニカ”の一環としてオーストリアはリンツのドナウ河畔で開かれた超巨大立体音響野外コンサートに使った。CZシリーズが別名“コスモ・シンセサイザー”と称されるのは、これに由来する

 

 最初にMIDI規格を立ち上げたときにはかんでいなかったCASIOが、さりげなくCZを4パート・マルチティンバー仕様にしてきたことも先を見越した鋭さであろう。MIDI制定にカシオは関与してこなかったのに、それでいてその本質を見抜いた慧眼(けいがん)はやはり初めからデジタルに強いメーカーならでは。先述のCZ-5000はマルチ音源であることを利用し、KORG M1に先駆けたワークステーション・シンセとなった。このマルチティンバーを生かした進化形には SD音源(Spectrum Dynamics Synthesis)を搭載したシンセHZシリーズからHTシリーズへと進化した“自動伴奏シンセ”まであった。

CASIOが掲げたのは“楽器の民主化”なのだ

 史上初のデジタル・シンセとして一人勝ちしていたYAMAHA DXシリーズ。勝ち誇るその牙城への最初の挑戦者として立ちはだかったのは、だが意外なことに既存のシンセ・メーカーではなかった。YAMAHAに挑み、その好敵手となったのは実は門外漢だったはずのCASIOであった。

 

 得意のデジタル・テクノロジーでもってシンセ界に殴り込んできたカシオ。他社がデジタル化に乗り遅れうろたえているときに、逆にしょっぱなからデジタルで斬り込んできたCASIO。楽しく音楽するためには、必ずしもシンセは楽器でなくてもいいと見抜いていたCASIO。楽器たるしがらみにこだわったYAMAHAとは真逆に、楽器メーカーでは無いからこそお気楽に楽しめる別な楽器の世界があると知っていたCASIO。優れたプロダクション・テクノロジーでもって親しみやすさ分かりやすさを命題としたCASIO。お高くとまった楽器にきっついブローをかましたCASIOは、その実フレンドリーな庶民の味方であった。

 

 外様だったはずのCASIOが暗に掲げたのは、楽器の民主化であった。いや、外様だったからこそ楽器の民主化を掲げたのであろう。CASIOが実現したのは既存メーカーがなし得なかった価格破壊だけでない。CZを踏まえて登場した自動伴奏シンセを、だっさいなどと思うことなかれ。弾くのがややこしい伴奏もノー・プロブレム、マルチティンバー音源とマルチトラック・シーケンサーとの組み合わせでもって、そうとは感じさせることなく機械が人間を自然にアシスト。

 

 人と機械との親密でフレンドリーで幸せな関係、それを理屈抜きで分かりやすく提示する。アトムやドラえもんがいる日本ならではの、機械が人間と共存する理想的な関係。いずれたどりつくであろうその未来はAI vs 人間ではない。AI が勝つのでも人間が勝つのでも無い。ポジティブな“ウィズ AI”。そんな未来に至ることになろう一歩二歩を、エンタメ楽器ならではの切り口で分かりやすく平べったく描いたのが、市民感覚CASIOの楽器であった。つまりそれは、楽器であることを棄ててもまだ楽器、おつむのおカタい楽器に一石を投じる新しい楽器の産声であった。

 

CASIOは、えらい!

 

【関連コンテンツ】

 本稿をものするにあたり、参考にしたコンテンツのうちの一つを紹介。CASIO CZ-101をバラしてその秘密を探ろうという試みの動画。バラすことで単なる記事やドキュメントを読むだけでは分からない開発意図、その具現化への工夫、たどった結末が見えてくる。実はこの連載コラムを企画してくださったバーバラさんや、外野席でわーわーほざいてるわたくしめもおります;

 

nemosynth(ネモシンセ)

【Profile】京都市生まれ。幼少期を海外で過ごす。自然科学少年あらため人類学専攻。言葉にならない音で世界を分節化する音色フェチ。その海外にて、スザンヌ・チアーニが弾くBUCHLAをテレビで見たのが、シンセを意識したなれそめ。一時期ハード・シンセ 40 台その3/4がMIDI無し。今はビンテージから最新アプリまで、十数台のハード・シンセと無数のソフトやアプリ・シンセにまみれる。

https://twitter.com/nemosynth

 

関連記事

www.snrec.jp

www.snrec.jp