
ボーカル・クラリティが楽器にも生きる

コンサートやイベントのPAを軸に、リハーサル/レコーディング/マスタリング・スタジオも運営しているオアシスサウンドデザインが、二子玉川にライブ・ハウスKIWAを立ち上げたのが2011年。以来、7年間営業を続けてきたが、近年アート・スペースやイベント・ホールなどが増えて注目を集める天王洲エリアへと2018年春に移転した。オアシス代表の金森祥之氏によれば、当初は移転ではなく、二子玉川の休業を考えていたそう。本業とも言えるコンサート/イベントPAが多忙になり、自身の望むクオリティを担保したままライブ・ハウス運営を続けるのが難しいと考えていたときに、天王洲エリアの開発を手掛ける寺田倉庫から声がかかったという。
「このエリアのTMMTというスペースでイベントがあったときに、アーティストに帯同してPAしにきたんです。そのときに寺田倉庫のCEO、中野善壽さんにたまたま声をかけられました。スケルトンだったここに連れてこられて、“興味があるならこの空間でライブ・ハウスをやってみませんか?”と。そこからは急ピッチで話が進みました。スタッフも、長年僕を慕ってくれていたロシア人エンジニアのアンドレイ・スミルノフが弊社に加わり、運営できる体制が整ったんです」

二子玉川の店舗はGEMINI Theaterとして他社に引き継がれたが、移転に際してはクロス・フェードのように3カ月ほど二子玉川と天王洲で並行営業する時期があったという。つまり、機材は天王洲のために新調したものだ。二子玉川の店舗のメイン・スピーカーは、当初はRoomMatch、2017年からShowMatchといずれもBOSE製品を選択してきたが、この天王洲の新店舗にもRoomMatchを採用している。
「僕の中では、この空間サイズでラインアレイは必要ないと思いました。ラインアレイはポイントソースに比べて遠達性が優れる分、サウンドがトレードオフになると思っています。仮設PAで大会場であればほかにも選択肢はありますが、KIWAに関しては少ない本数で指向性制御ができるDeltaQ方式のRoomMatchが最適だと考えました」
一般的なラインアレイは、垂直指向性の狭いモジュールを組み合わせて波面合成を行うことで遠達性を高めるとともに、モジュールの組み方でカバレージ・エリアをコントロールしている。それに対して、BOSEのDeltaQアレイは水平/垂直指向性の異なるモジュールを空間に合わせて構成してカバレージ・エリアの最適化を図るという発想だ。KIWAは天井や客席後方がガラス張りのため、意図せぬ反射を防ぐためには指向性制御は必須。同時に1つのエリアは1つのモジュールで賄うため、リバーブの精細さなどはラインアレイに勝ると金森氏は語る。
「それに加えて、RoomMatchはクロスオーバーが低い。BOSEは近年ボーカル・クラリティをうたっていて、ボーカルの中心帯域である1kHz付近でクロスオーバーが入るのを避けています。RoomMatchのクロスオーバーはDeltaQアレイ・スピーカーの中でも最も低い500Hz。ボーカル帯域の大抵を高域ドライバーが賄うRoomMatchは、インストゥルメンタルでも楽器をナチュラルに出せますね。もう一つ付け加えるとすれば、RoomMatchはラインアレイに比べて低コストです」

生音となじませる音作りの工夫

KIWAの店内を見渡して気になるのは、そのRoomMatchの設置位置。フロントのL/C/Rはもとよりリア・スピーカーも、高い位置から客席を見下ろしている。
「実はステージ下にサブウーファーのRMS215を2基入れていて、上下のつながりを作っています。ここではPAは3割で、生音が7割くらい。ゆくゆくはステージを改修して、ShowMatch SM20をセンターに入れ、ボーカルの定位がファンタム(虚音像)でボーカリストの位置/高さに定位するようにしたいなと思っています」
フロントのL/C/Rは、サラウンドだけではなく、通常のフロントからのPAでも使い分けていると金森氏は語る。
「ディレイでセンターに対してL/Rを遅らせて、左右のお客さんの意識がセンターに向くようにしてあげるんです。同時にセンター定位のものも少し左右にこぼして、間を埋めます。さらに左右のディレイは、ステージ上のアンプやマイクの位置との関係を見て0.1ms単位で調整するんです。そうすることで、ドラムの打点やギター・アンプの位置とタイミングを合わせていく。しかも位相を合わせつつ生音よりもわずかに遅らせることで、フェーダーを上げたときに生音となじむようにスッと上がっていくんですよ」


メインのRoomMatchのほかにも、サイド・モニターのPanaray 802-IIIや、マルチチャンネル再生などに使えるスピーカーとして多数のRMU108を擁するKIWA。近々、ステージ奥にPanaray MSA12Xを2基取り付ける予定だ。
「これはクラシックの正反(正面反射板=ステージ後方の反響板)の代わりとして、生音を超えない範囲で響きを後ろから足すんです。僕はNHK交響楽団をはじめ多くのオーケストラでゲストや通常のバンドが加わる公演のPAを担当する機会があるのですが、通常のPAスピーカーに、正反や側反の代わりに少しずつ初期反射音を加えてシミュレーションするこの技術は、生音を基本とする公演に応用しております」

金森氏にとって、KIWAは自身のノウハウを蓄積するための場としての役割も大きいようだ。
「弊社は仮設のコンサートPAがメインですが、“言い訳ができない場所”として、いろいろなシミュレーションができるKIWAのような実験場があることが大事かなと思います」

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