“これから”の人のための制作ツール講座〜第3回:モニター・スピーカーの選び方&メリット

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“セルフ・レコーディングを始めたい”“どんな機材を使えばいいのか分からない”“機材の使い方を知りたい”といった音楽制作をスタートする人に向けた知識&テクニックを紹介する本連載。第3回のテーマはモニター・スピーカーだ。ご存じの通り、“モニター”とは録音中の楽器やミックスしているサウンドを注意深く聴くことである。ツールとして従来からモニター・スピーカーが必須とされてきたが、皆さんの中には“なんでヘッドフォンだけじゃダメなの?”と思っている方も居ることだろう。そこで、モニター・スピーカーの必要性から選び方、使い方までをサウンド・エンジニアの中村公輔氏が指南。この記事を読んで、お気に入りのモデルを探しに行こう!

Photo:Chika Suzuki

講師:中村公輔

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エレクトロニカ・ユニットneinaの一員としてドイツの名門Mille Plateaux、繭ではオーストラリアの Extreme Recordsより作品を発表。以降KangarooPawとしてソロ・アーティスト活動を行い、近年は折坂悠太、宇宙ネコ子、かねこきわの、シバノソウらのエンジニアリングで知られる

【Release】

Torch - Single

Torch - Single

  • Orisaka Yuta
  • J-Pop
  • ¥510

  

なぜモニター・スピーカーが必要なのか?

 初心者はヘッドフォンのみでミックスを始めることも多いでしょう。場所を取らず、比較的安価にある程度のモニター環境を得られるのは大きなメリットです。“これだけで問題ない”と思っている方も多いかもしれませんが、実はスピーカーを使った場合とは仕上がりに大きな差が出てきます。スピーカーであれば音が前方に位置する(定位する)わけですが、ヘッドフォンでは左右からのみ鳴っている状態なので、音の前後関係を体感しにくいというのが理由です。なので“前に出てくる歌+少し奥で鳴るピアノ”といった奥行きのあるミックスをヘッドフォンのみで作るのは至難の業でしょう。またLとRがほぼ完全に遮断されるので、2台のスピーカーの音が混ざったときにどう聴こえるかの判断が難しい。というわけで、人に聴かせる作品を作る場合はスピーカーでのチェックが必要です。

 

 そのためには“モニター・スピーカー”と呼ばれる製品を選ぶとよいでしょう。音楽鑑賞用のスピーカーには気持ち良く聴かせるためのチューニングがなされているものも多く、製品によっては音のバランスにかなりの偏りがあります。例えば低音や高音が派手に鳴るスピーカーで、ボーカルの低〜高域のバランス感を繊細に確認するのは難しそうですよね? その点、モニター・スピーカーであれば脚色の無い音で聴けるため、ミックスがやりやすくなるのです

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モニター・スピーカーには図中に挙げたようなメリットがある。ヘッドフォンや音楽鑑賞用スピーカーに無い特徴も多く、故にプロはモニター・スピーカーを愛用する

モニター・スピーカーの種類

 モニター・スピーカーのタイプは、内蔵パワー・アンプの有無とサイズの違いで大別されます。別途パワー・アンプが必要なタイプはパッシブ・モニター。好みでパワー・アンプが選べる反面、併用するものによって音が変わります。昔は多くがこのタイプでしたが、初心者にはアンプ選びが難しい面もありました。一方、スピーカー本体にパワー・アンプを内蔵するものはパワード(またはアクティブ)モニターと呼ばれます。スピーカーに適したアンプをメーカーがあらかじめ選んで搭載しているため、初心者にも安心感があるでしょう。

 

 大きさは主にデスクトップ、ニアフィールド、ラージの3つに分かれます。ラージはスタジオの壁に設置される大型のもので、周波数レンジが広く音質も良いですが、設置にかなりのスペースが必要で、きちんと鳴らすためには部屋から作らなければならないため、一般の住環境へ導入するのには無理があります。ニアフィールドは、スタジオのミキサーの上に置いてある小さめのものです。自宅へ導入するには、このサイズが現実的でしょう。リスナーから近距離で鳴らすので十分な音量が得られますが、ユニットの口径が小さいためラージより低域は少ないです。低域をしっかりモニターしたければサブウーファーを追加するか、REPRODUCER AUDIO Epic 5のようなパッシブ・ラジエーターを備えた製品を選ぶとよいでしょう。そしてデスクトップ型は机に置く小型タイプで、一般リスナーの聴取環境を想定したモニタリングに向いています。

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パワー・アンプを内蔵するパワード型モニター・スピーカー、REPRODUCER AUDIO Epic 5(オープン・プライス:市場予想価格150,000円前後/ペア)。190(W)×270(H)×240(D)mm(スパイク非装着時)という小型サイズながら底面にパッシブ・ラジエーターなる装置を備え、豊かな低音の鳴りを特徴としています

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どうやって設置すればよいのか?

 スピーカーは耳の高さにやや内振りで、自分と正三角形を描くような距離に設置するのが基本です。内振りの理由は、スピーカーと壁が平行になると出音が前後の壁を反射して行き来し、濁って聴こえやすくなるから。また、ある程度は後ろの壁から距離のある場所に置いた方がクリアな音になりやすいです。耳の高さに合わせるのには、スピーカー・スタンドを使うとよいでしょう。机にコンクリート・ブロックを置き、そこに設置している方も居ますが、パワード・モニターは重量が数十キロになることもあり、机の剛性を考えないと危険です。また机が振動で響いてしまって、スピーカーの音に影響を及ぼす場合もあります。

 

 それでも机に置きたいという方は、机上での使用を前提に作られたデスクトップ型のスピーカーを選ぶのが賢明でしょう。IK MULTIMEDIAのiLoud Micro Monitorなどは、机上での乱反射を軽減するスイッチを備え、サイズの割にしっかりと低音が再生されます。また同社のiLoud MTMは、付属の測定マイクを使い、リスニング・ポイントで最適な音質になるよう自動音場補正できるため、簡単にバランスの良い状態にセッティングすることが可能です。こうした補正が行えるモデルも増えているので、それを購入の基準にするのもよいかもしれません。

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IK MULTIMEDIA iLoud MTM(白いスピーカー)の付属マイクで音場補正を行っている場面。iLoud MTMの内側にあるのがiLoud Micro Monitorだ

楽曲をモニターするときのコツ

 まずは聴き慣れている曲のうち、低音から高音までバランスよく入った音源を何曲か用意します。それらを流しながら自分が一番気持ち良く聴こえて、全体がクリアに見渡せると感じたところに音量を合わせます。これは自身の環境だけでなく、外のスタジオに行ったときにも必要なプロセスです。人間の耳は音量が変わると低音や高音のバランスが違って聴こえる仕組みになっているので、大き過ぎたり小さ過ぎたりすると、普段聴く音量にしたときにイメージと全然違う音になりかねません。例えば録音時に極端な音量でモニターしていると、“パリッとして良い音だと思っていたのに、小さな音量で聴いたらモコモコだった……”というアクシデントにつながります。

 

 慣れないうちは特に、普段から一定の音量でいろいろなものを聴く訓練をし、ミックスも同じ音量で行うのがよいでしょう。慣れてきたらその音量を基準に、小さな音量ではどう聴こえるか、ヘッドフォンではどうかといったように複数の環境で確認すると、どんな再生機器/場所でもバランス良く聴きやすい音が作れると思います。また、お手本にする音源はマスタリング済みで、ミックス段階の音量よりもやや大きいことがほとんど。リスニング時は再生ソフトの音量を少し下げたり、ミックスの際はDAWのマスターにリミッターなどを挿し、ほんの少し音量を上げながらモニターすると、自分が理想とする音に近付けやすいと思います。この辺りは人によってやりやすい方法があると思うので、試行錯誤してみてください。

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リミッターのFABFILTER Pro-L2。筆者は自らのミックスをマスタリング済みのリファレンス音源と比べる際、これを使うことが多い

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上の項で紹介したiLoud MTMなどと同じIK MULTIMEDIAからもStealth Limiterというリミッターが発売されている

終わりに~“違いの分かる環境”がミックス上達の近道

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 モニター・スピーカーを導入すると、それまでどうしても超えられなかった線を、急にクリアできる可能性があります。エフェクターなどの機材をそろえるのも重要ですが、どんなに良いサウンドのエフェクトでも、違いの分かる環境が無いと使いこなしようがありません。良いモニターを使うと、エフェクトのツマミを触ったのが全部見えるような感覚になり、急に作業が簡単になります。実際に、モニター環境が一番重要な機材だと思っているエンジニアが大多数だと思います。

 

 モニター・スピーカーと銘打っているからには、どれも一定の基準はクリアしています。ただ、それぞれに個性はあるので、楽器店などに足を運んで試聴したり、好きなエンジニアが使っているモデルを調べたりして、自分好みの機種を探してみてください。

 

Pick Up Product:
IK MULTIMEDIA iLoud MTM

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IK MULTIMEDIA iLoud MTM / オープン・プライス(市場予想価格:43,000円前後/1台)

 低音再生用ユニットを2つと高音再生用ユニットを1つ備えるデスクトップ型パワード・モニター。DSPというチップを内蔵し、低音が机に反射して膨らんで聴こえるのを補正したり、部屋の特性にかかわらずフラットな音が得られるよう調整できる。後者は付属の測定用マイクと併せて行う。

 

IK MULTIMEDIA iLoud MTM

オープン・プライス

(市場予想価格:43,000円前後/1台)

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IK MULTIMEDIA iLoud Micro Monitor

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IK MULTIMEDIA iLoud Micro Monitor / オープン・プライス(市場予想価格:37,000円前後/ペア)

 iLoud MTMよりもコンパクトなデスクトップ型パワード・モニター。外形寸法90(W)×135(D)×180(H)mmという小ぶりサイズながら45Hzの重低音まで出すことができる。机の上で音が乱反射するのを補正するスイッチ、高域と低域の補正用EQ、Bluetooth受信機などを搭載。

IK MULTIMEDIA iLoud Micro Monitor

オープン・プライス

(市場予想価格:37,000円前後/ペア)

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製品情報

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