6月14日に公開されたオリジナル劇場アニメーション『数分間のエールを』。自分が作ったもので誰かの心を動かしたい、とミュージック・ビデオ制作に打ち込む高校生の朝屋彼方、そしてミュージシャンであり、彼方が通う高校の新任教師である織重夕を主人公にした青春群像劇だ。モノづくりの楽しさや痛みを描いた本作は、いかにして生み出されたのか? 制作の裏側について、監督のぽぷりかと劇伴を担当した作曲家の狐野智之に聞く。
オリジナル劇場アニメーション『数分間のエールを』
TOHOシネマズ 新宿をはじめ、全国劇場で上映中
STORY
ミュージック・ビデオ(MV)の制作に情熱を傾ける高校生、朝屋彼方。彼がストリート・ライブを見て衝撃を受けたのは、教師として赴任してくることになる織重夕の音楽だった。“先生の歌の動画を作りたい”と、夕に直談判しMVを完成させる彼方だが、そのMVを巡って物語はまさかの展開に。2人の主人公の“モノづくり”に対する姿勢は、外崎大輔や中川萠美といったキャラクターを通しても浮き彫りにされていく。音楽は、MVは、そして創作とはどうあるべきか。そこには、絶対的な答えなどはないのだろうが、考え方というのは幾つも存在する。モノづくりへの多様な視点を描く点でも、見応えのある映画だ。
STAFF
監督:ぽぷりか/副監督:おはじき/アートディレクター:まごつき/脚本:花田十輝/歌唱楽曲制作:VIVI/音響監督:小沼則義/音楽:狐野智之/主題歌:フレデリック「CYAN」/アニメーション制作:Hurray!×100studio/配給:バンダイナムコフィルムワークス
CAST
朝屋彼方:花江夏樹/織重夕:伊瀬茉莉也/歌唱アーティスト:菅原圭/外崎大輔:内田雄馬/中川萠美:和泉風花
大人になったら音楽を諦める?この映画が提示する世界観とは
ぽぷりかは、ヨルシカをはじめさまざまなアーティストのミュージック・ビデオ(MV)を手掛ける気鋭の映像制作チーム、Hurray!(フレイ)の代表だ。『数分間のエールを』では、Hurray!のメンバー、おはじきが副監督を、まごつきがアート・ディレクターを担当し、3D CGソフトBlenderを用いて鮮やかなイメージを描き出す。映画の成り立ちについて「もともとはMVの制作依頼から始まったんです」と、ぽぷりかが話す。
「この映画でアニメーション制作を共にすることになる100studioからの依頼で、予算や規模について話し合ううちに、ショート・アニメ作品の制作に発展しました。2分のアニメを全9話、というところから18話になって、最終的には“映画にしませんか?”と」
MVを主体に活動してきたHurray!にとって、映画制作は挑戦的な試みだった。その一方で、コンスタントなニュース・リリースが存在感の鍵を握るSNSの時代。映画制作に集中しなければならない数年間、世の中に発表できる作品が減ってしまうことにリスクも感じていたという。しかし「引き受けなければ数年後に後悔するだろう」と思い、制作を決意したそうだ。
モノづくりに未来と希望を見いだす若者、モノづくりを続けることにどこかで区切りをつけなければならない大人……両者が影響を与え合い、良いものを作り上げていく物語。これが、ぽぷりかの描いたテーマだ。また、リアリティを重視して、自身の経験を投影できるMVクリエイターの朝屋彼方、彼方にインスピレーションを与えるミュージシャンで教師でもある織重夕を2人の主人公とした。
劇中で夕が歌う「未明」は、モノづくりに区切りをつける大人の心境を象徴する。今までの自分も、これから別の道に進む自分も、どちらも肯定してあげたいという曲で、音楽の道を諦め教師となった夕の心境でもある。夕に音楽を諦めてほしくないと考える彼方は、この曲にどう映像を付けるのか? そこには、モノづくりに携わるすべての人に見てほしい物語が紡がれている。
ところで、脚本を担当した花田十輝とぽぷりかの間で、物語の結末について見解が分かれていた時期があった。モノづくりの道を志すのか諦めるべきなのか、この議論に決着がつかないまま時間だけが過ぎていたころ、花田の提案で「未明」の劇中MVを先に作ることとなった。
先述の通り、「未明」はモノづくりに区切りをつける大人の心境を歌っている。当初、ぽぷりかは普段の通り楽曲の歌詞に沿った形でMVのシナリオを制作したが、それは映画の結末において、ぽぷりかの望みに反する結末を描くものであった。それを花田に指摘されたぽぷりかは、物語の結末を優先し、MVの中身を変えたのだった。どう変わったのか、答えは劇中で確認してほしいが、「未明」のMVを先に制作したことが、映画の結末に大きな影響を与えたのは間違いなさそうだ。
ビデオ・コンテの参考曲を凌駕する狐野智之の劇伴制作の手腕
本作では、クリエイターの制作環境も精緻に描かれている。映像制作の経験がある方なら、彼方が使うソフトのリアルさに驚くだろう。実は、ぽぷりかが使用しているBlenderとAdobe After Effects、CELSYS Clip Studio Paintでの工程を画面録画し、それらを基に作画されているのだ。同様に、夕が曲作りするシーンも、「未明」の作詞/作編曲を手掛けたVIVIのsteinberg Cubaseを画面録画した上で作画されている。
劇伴を担当した狐野智之は普段、Avidの Pro Toolsをメインに使っているが、今回はCubaseで作曲したというのが興味深い。
「夕に合わせてみました。それにCubaseは、かつて10年間ほど使っていたので、映画のテーマからも“初心に帰りたいな”と思って、今回また使ってみたんです」と狐野。
劇伴の制作にあたっては、まずビデオ・コンテ(映像化された絵コンテ)に参考曲を当てたものが用意された。これについて、ぽぷりかが振り返る。
「参考曲とはいえ、自分のイメージに合うものを一生懸命に探して、納得したものを当てています。しかも、その参考曲のイメージに合わせてシーンを作るので、新たに作ってもらう楽曲が参考曲を超えるのは非常に難しい。でも、今回は超えてくるケースが連発でした。おかげさまで、当初やりたかったこと以上の結果が得られたと感じています」
ぽぷりかが特に印象深いと話すのは、石川県の千里浜を舞台にしたシーンで使用される楽曲。流麗なピアノを軸としつつ、バッキングで変化を付けていくアレンジだ。
「千里浜に向かって自転車で駆けだしたところから、千里浜のシーンが終わるまで、長尺ではありますが1つの曲で通したかったんです。参考曲も、僕が同一のフレーズをつなぎ合わせたものだったので、曲調を保ったまま盛り上がっていくような音楽にできませんかとお願いしました。そうして出来上がったものがまさにイメージ通りで、最初に聴かせてもらったバージョンをそのまま使わせていただきました。これは自分にとっても、本当にすごい体験だったんです」
『オリジナルサウンドトラック&ボーカル集』の15曲目には、映画の中で使われた16曲目の別のバージョンも収録されているので、ぜひ聴き比べてみてほしい。
劇伴の尺に合わせて映像を制作 複数のMVを作って間をつなぐような作り
狐野いわく、本作の劇伴は一般的なワークフローとは異なる手順を踏んだ。
「多くの映画は、尺が決まった映像に対してテンポや拍子、小節数をコントロールしながら作曲していきます。いわゆるフィルム・スコアリングという手法ですが、今回は“曲の尺に合わせて映像を作る”という話だったので、一つ一つの曲を音楽単体でも聴き応えのあるものにしようと意識しました」
これは“曲ありき”のMVをメイン・ワークとするHurray!らしいアプローチで、ぽぷりかは「15の劇伴+劇中歌で16個のMVを作り、それぞれの間をつなぐような作り方でした」と言う。映画自体が、一つの大きなMVのようだ。曲作りについて狐野が続ける。
「ピアノを使った曲が多いのですが、モノづくりに臨むクリエイターの等身大の感じを大切にしたかったので、大規模なアンサンブルではなく小編成で映えるような音色を意識しました。主にSPECTRASONICSのピアノ音源Keyscapeを使用し、質感を作り込むべく打鍵音をNATIVE INSTRUMENTSのUna Cordaで少しだけ重ねるような工夫をしています。また、可能な限り実際のプレイヤーの方々に演奏していただくようにしました。自分一人でできることには限界がありますし、プレイヤーの個性に勝るものはないので、皆さんの力を借りてチームで良いものを作りたいと思っていたんです。先ほど話に出た千里浜のシーンでは、事務所の先輩で劇伴の師匠でもある川﨑龍さんがピアノを弾いてくださったりもしました」
朝屋彼方と織重夕のほかにも、さまざまな“クリエイター”が登場する『数分間のエールを』。モノづくりを多様な視点から捉えることができるので、日夜、音楽制作に励むサンレコ読者にこそご覧いただきたい映画だ。
Close-up!『数分間のエールを』をサンレコ視点で見てみる
本作では、映像制作ソフトや音楽制作ソフト、音響機器、楽器などがリアルに描かれているのも見どころ。主人公・織重夕が使用する音楽制作ツールをサンレコ的な視点から見ていくとしよう。
Release
『映画『数分間のエールを』オリジナルサウンドトラック&ボーカル集』
狐野智之、織重夕 feat. 菅原圭、フレデリック
Lantis:LACA-19048~LACA-19049
6月14日にリリースされた2枚組のCD。Disc 1は狐野智之作曲の劇伴や主題歌のフレデリック「CYAN」を収録し、Disc 2には織重夕 feat. 菅原圭のボーカル曲を収める