TBSアクトは、TBSグループ12社の合併により2021年4月に発足した日本最大級の総合プロダクション。技術、美術、CGなど、映像制作に関係するあらゆる分野を担っており、その中で音声や音響効果などの“音”を扱うのがMA部門だ。このたび編集部は、MA部門に誕生した新たなMAスタジオ、MA4とMA5に潜入。Avid Pro Toolsをシステムの核とし、イマーシブ・オーディオ制作にも対応するスタジオの全貌に迫る。
作業効率を考えAvid S6を採用し、7.1.4chのスピーカー・システムを構築
まずは2つのMAスタジオを新設した経緯から、TBSアクトのポスプロ本部MA部の部長、小田嶋洋氏に伺った。
「TBSアクトは2021年にTBSグループの技術関係の会社、12社がまとまってできた会社で、MA部門だけでも3社が集まっており、各社が持つインフラをまとめようという大きな流れがありました。その一環として、古いスタジオを改装して新たなスタジオを造ろうというのがきっかけでした」
MA4とMA5のほか、12のMAスタジオが社内にはあり、その半数以上でAvid Pro Toolsとコントロール・サーフェスS6を採用。新設したMA4にもS6は導入されている。同社MA部の真嶋祐司氏いわく、導入は自然な流れだったそう。
「部屋が変わってもスタッフが同じ形で作業できるようにするため、普段から使っている機材をそろえました。また、Pro Toolsとの連動性を考えると、S6以上のコントロール・サーフェスはないと思っています」
S6は機能別のモジュールを組み合わせてカスタマイズでき、MA4ではMaster Touch Module、Automation Module、Fader Module×3基で24本の物理フェーダーを配置。この組み合わせもほかのスタジオと共通した仕様だ。
「MAは映像がある上で行う作業です。フェーダーで音量を調整したりEQやコンプをかけたりするときに、いちいち映像モニターからパソコンの画面に顔を向けなくても、直線上にあるDisplay Moduleで確認できて、とても便利なんです」
中にはMA4ならではのモジュールもあるとのこと。
「Joystick Moduleを新たに導入しました。サラウンドやDolby Atmosの音を作る際に、パンニングなどの用途で必要になると想定したからです」
真嶋氏がそう話すように、MA4はDolby Atmosなどのイマーシブ制作に対応した7.1.4chのスピーカー・システムが構築されている点も特徴だ。小田嶋氏が続ける。
「TBSグループには、コンテンツを配信プラットフォームに供給し、世界に発信していこうという大きな指針があります。そこでMAセクションでは何ができるだろうかと考えたときに、スタジオを新設するならイマーシブ・オーディオ制作に対応しようという流れで実現しました」
2ミックスの作業時にはリアのスピーカーを収納し、スペースを確保できるようにしているなど、実用的な設計となっているMA4。さらに、S6のデスクの後ろには小型のコントロール・サーフェスAvid S1の姿もある。真嶋氏いわく、TVドラマの制作に合わせたセッティングにしているという。
「TVドラマではセリフ、音響効果、選曲などさまざまなスタッフがMA作業に関わっています。セリフ担当はS6で、その後ろで音響効果や選曲のスタッフがS1を使うなど、同じ空間でそれぞれが作業できるような配置にしました。映像モニターに近い前方に人を集めるようにすると、どんどん横に広がってしまい、確認しづらくなってしまいますからね」
I/Oなどのシステム面については、同社ポスプロ本部メディアコネクト部の山下諒氏が次のように話す。
「オーディオ・インターフェースはAvid Pro Tools | MTRX IIをコアとして使っていて、スピーカーへAES/EBU接続で出力しているほか、マイクなどの外部機器からアナログ入力もできるように組んでいます。また、イマーシブ・オーディオを扱う場合はチャンネル数が非常に多くなるので、Pro Tools | MTRX IIをオプション・カードで拡張したり、オーディオ・インターフェースのDIRECTOUT TECHNOLOGIES PRODIGY.MCをDanteで接続して併用しています」
個人作業に特化したコンパクト・サイズのMA5では、どのデスクからもコンピューターにアクセス可能
続いて、同時に新設されたスタジオのMA5についても聞いていこう。こちらも同じく7.1.4ch仕様であるが、MA4よりもコンパクトな空間となっている。真嶋氏に聞く。
「単独での作業を想定してコントロール・サーフェスを2台のS1にするなど、機材面も少しコンパクトな仕様にしています。ただPro Tools | MTRX IIをはじめとするシステム面は、ほぼ同じものを採用しています」
各部屋にはADDER XD-IPという機材も用意されている。これは、どのマシンからでもすべてのコンピューターをコントロールできる“KVMマトリックス”というシステムを管理するユニット。これにより、MA5に居ながらMA4のコンピューターを使った作業が可能となっている。TBSアクトでは既に導入されているスタジオがあり、MA4とMA5を新設するにあたっても採用された。
「基本的に、1人がいつも決まった位置で作業することがないんです。例えばMA4内でも、音響効果のスタッフが“今回はS1ではなくS6を使おう”というふうに、至る場所で作業できるようにしています。また、MA4、MA5に隣接するアナウンス・ブースでもMA作業が可能です。テレビの業務は時間に追われる場面が多く、複数で作業したいのに1人が広いスタジオを独占しているよりも、どこでも作業できるようにしておけば効率も上げられますからね」
小田嶋氏も「メイン・プロジェクトでDolby Atmosの案件がある中、同時に地上波のドラマも入ってきた、というようにリアルタイムでさまざまに対応しないといけないシチュエーションもあります。マネージメントの融通性も含め、うまく運用していきたいです」と述べる。速さと質、さらにはあらゆるフォーマットへの対応が求められる放送業界において、今回のMA4とMA5の新設は、TBSアクトが未来のビジョンを明示しているとも言えるだろう。小田嶋氏は言う。
「イマーシブ・オーディオは、期待も込めてもっと普及していくんじゃないかと考えています。我々もまだ、そこまで経験値があるわけではないのですが、特に若いスタッフを中心に盛り上げていきたいですね」