羽多野渉『TORUS』× 佐藤純之介 〜今月の360 Reality Audio【Vol.7】

羽多野渉『TORUS』× 佐藤純之介 〜今月の360 Reality Audio【Vol.7】

ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した新しい音楽体験で、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。今月は、声優/歌手として活躍する羽多野渉の「TORUS」をピックアップ。360 Reality Audioの制作を手掛けたのは、音楽プロデューサーの佐藤純之介だ。佐藤が拠点とするSYNCLIVE Studio Mにて、羽多野が初めて試聴する場に立ち会うことができたので、その様子を紹介していく。

Photo:Hiroki Obara 取材協力:ソニー

今月の360 Reality Audio:羽多野渉『TORUS』

羽多野渉『TORUS』

羽多野渉『TORUS』(DIVE II entertainment)

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※360 Reality Audio版はスマートフォンで試聴可能です

音の世界や空間を旅しながら楽器たちと出会う

 羽多野が360 Reality Audioと出会ったのは、佐藤からの情報提供がきっかけだったという。

 「もともと音楽や音響が好きで、360 Reality Audioも純之介さんに教えてもらいました。360 Reality Audioは没入感があって、客席ではなくステージ上で音楽を楽しむような音場の感覚が、新しくて革命的でした」

 アルバムの表題曲であり「メッセージ的に360 Reality Audioにふさわしい」と佐藤が話す「TORUS」。その360 Reality Audio制作は佐藤がすべて手掛けた。

 「今回は自分で最初からすべてやりました。「TORUS」はトーラス(円環)構造や宇宙、ご縁という意味の“サークル”などの意味がこもっていて、コンセプトと音と言葉がすごく360 Reality Audio向きだったので提案したんです」

 中でも、「羽多野さんの声を大事にすることと、インパクトを付けることを意識した」という佐藤。

 「羽多野さんは、声優というキャリアが中心にある中で歌手としても活動されていて、録り段階から声を大切にしているので、コーラスをより多くハモらせたり、人数を増やそうと考えたんです。ブレイクでは中央に主役がいて、それを8人の羽多野さんが囲んで歌うような構造にしました」

 9人の羽多野=9個のオブジェクトで構成されたボーカルの詳細はこうだ。

 「メイン、メインのダブル、ハモ、ハモのダブル、ハモにボコーダーをかけたものなどを用意しました。モノラルで録ったデータをステレオで配置して、トラックとして3声9音で重ねています。曲中での声の支配力を上げるためには、重ねるのが一番速いんです。同じメロディに重ねるにしても、さまざまな意味を込めています。羽多野さんはいろいろな声色が作れて、同じ音を録るにしても、少し成分やマイクを変えただけですごく太くなるんです」

 この日、360 Reality Audio版の「TORUS」を初めて体験した羽多野。その感想を尋ねよう。

 「本当にすごかったですね。初めての音楽体験だったのは間違いなくて、どっかり座って音楽を楽しむというより、音の世界や空間を旅しながら楽器たちと出会うような感じで、遠くに見えた“ギター星”に突然自分が近づくような不思議な感覚でした。CD版では聴こえてこなかった細かいリズムを刻む音も聴こえてくるので、既にCDや配信で聴いてくださった方も新鮮な出会いが楽しめると思います。360 Reality Audioで配置や流れ、音数を調整していただくことで、最後の大サビからアウトロに向かう部分がすごくドラマティックで感動しました。実は「TORUS」には歌詞に隠しメッセージが入っているのですが、そのメッセージを感じさせる空間でした。ぜひ歌詞カードから探してみてください」

羽多野渉

 そのメッセージを見事にくみ取って360 Reality Audioを作り上げた佐藤。「物語を考えることに一番時間がかかりました」という。仕込みはスピーカーを使わず行ったそうだ。

 「APPLE MacBook Proと2chのヘッドホン・アンプを使って、カスタム・イアモニで仕込んでいます。2ミックス環境で仕上げて出来上がったものをこのSYNCLIVE Studio Mで聴いた結果、最終調整は必要ありませんでした。仕込みだけなら、スピーカー環境が無くてもできるんです」

 続けて、歌声を生かすためのポイントを尋ねてみよう。

 「良い声の人に歌ってもらうことです。羽多野さんはもちろん素材が良いですし、「TORUS」は地声の強度の高い声をしっかりキャプチャーした素材をいただけました。Jポップでは、EQとコンプで声をわざと少し細くして聴きやすくするテクニックは常とう手段なんです。でも、360 Reality Audioは2ミックスに比べると耳のそばで鳴る分、普通に音を作ると、少し遠くなると思います。そういう処理をあえてやらずに声そのものに要素を詰めることが、360 Reality Audioを狙うところに落とし込むポイントかもしれません。声優の方の声はアイデンティティでもあって、僕はマイクで拾った声と生で話す声の印象をできる限り変えたくないので、キャラクター・ソングでキャラを作っているときもマイクで極端な処理はしないんです。ご本人の声が持つ素材をオミットせず、ほかの楽器で調整することにこだわっています」

佐藤純之介が代表を務めるPrecious toneとSYNCLIVEの共同スタジオであるSYNCLIVE Studio M。地下1〜2階に展開し、コントロール・ルームは地下1階に位置する。壁や床にはベロア生地を使用。モニター・スピーカーはGENELEC The Onesシリーズを中心に採用し、フロントL/Rは8341A、ボトムは8330A×3台、そのほか8台は8331Aが使われている

佐藤純之介が代表を務めるPrecious toneとSYNCLIVEの共同スタジオであるSYNCLIVE Studio M。地下1〜2階に展開し、コントロール・ルームは地下1階に位置する。壁や床にはベロア生地を使用。モニター・スピーカーはGENELEC The Onesシリーズを中心に採用し、フロントL/Rは8341A、ボトムは8330A×3台、そのほか8台は8331Aが使われている

下ハモは後ろ、上ハモは前から聴かせる

 オブジェクトの配置場所について「実在の世界と違うことをやると違和感がある」と話す佐藤。

 「ベースやキックは低め、ギターはステージの小上がりにいるイメージで少し上に、など、まずは現実と同じような配置にして始めます。止めるところと動かすところは基本的に考えて分けていて、ベーシックなリズムを動かさず違和感無く聴こえるようにしておくと、ギターやシンセを回したときに、相対関係で立体感が増して驚きが増えます。「TORUS」ではパートの区切りで回転する音があるのですが、360 Reality Audioはスピーカーから出る音が物理的に回るので、少しドップラー効果が起こって面白かったです。あとは声に囲まれた感じを出したいので、下ハモは後ろから、上ハモは前から聴こえるようにして、センターのボーカルを際立たせます」

 羽多野は、佐藤の丁寧な声の扱いを喜んでいる様子だ。

 「ここまでの音楽活動において、自分の楽曲ではコーラスもハモリも含め、すべてのボーカル・トラックは自分で歌うのを基本ルールにしてきました。パートごとの人格を楽しんでもらうことで、声優としての武器もしっかりと込めて、声優が歌う意義を形にさせてもらってきたんです。なので、純之介さんには、自分のボーカル・データをいろいろな形に変換していただきながら大切に応用していただいて、本当にうれしく思っています」

佐藤純之介が制作した「TORUS」の360 WalkMix Creator™画面。ボーカル9個を含む、全39オブジェクトから構成され、シンセ、ギター、ベース、シンセ・ベースなどをそれぞれステムでまとめている。ディレイは、流れ星の尾っぽをイメージしてメインの音のワンテンポ後を追うように配置。ボーカルのリバーブ成分は別オブジェクトとして用意し、前からは限りなくドライな声が聴こえ、リバーブ成分が頭を突き抜けていくようなイメージで上方に配置した

佐藤純之介が制作した「TORUS」の360 WalkMix Creator™画面。ボーカル9個を含む、全39オブジェクトから構成され、シンセ、ギター、ベース、シンセ・ベースなどをそれぞれステムでまとめている。ディレイは、流れ星の尾っぽをイメージしてメインの音のワンテンポ後を追うように配置。ボーカルのリバーブ成分は別オブジェクトとして用意し、前からは限りなくドライな声が聴こえ、リバーブ成分が頭を突き抜けていくようなイメージで上方に配置した

耳で状況を想像しながら聴くことでエンタメに

 2人に360 Reality Audio版「TORUS」の聴きどころを尋ねてみたところ、まずは羽多野がこう話してくれた。

 「全部ひっくるめて新しい体験だと思います。「TORUS」は普遍のメッセージを伝える古文書のような曲なので、音の海の中を漂いながらお気に入りの音を探して欲しいです。CD版では見つけられなかったかわいらしい音と出会えると思います。“そんな陰でピコピコしてたの⁉”みたいな(笑)」

 続いて佐藤は「2ミックスと聴き比べをしてほしい」と話す。

 「2ミックスと360 Reality Audioをどちらも聴いていただくと、表現や込めた思いが違う部分があります。2ミックスはメッセージがまっすぐ一点に届くようなミックスですが、360 Reality Audioは“全部に届け”というようなメッセージを込めているので、聴き比べていただけたらうれしいです」

 さらに、「TORUS」の制作を通して感じた360 Reality Audioにおける表現の可能性を、羽多野が意欲的に語る。

 「この先、360 Reality Audioというゴールを決めた上でゼロから作ったらどんな曲ができるだろうという楽しみがあります。その上で、360 Reality Audioにふさわしく、自分自身の声でいろいろな人格を登場させたり、登場人数を増やすときに、違う人間のように聴こえる一人一人を一人で演じたりしても、360 Reality Audioならお客様に分かりやすく届けられるんじゃないかなと感じました。幅広くいろいろな役柄をやらせていただくので、そういう自分の武器が活かせるような楽曲といつか出会えたら幸せですね」

 佐藤は、アニメ作品と親和性の深い活用法を提案する。

 「音楽作品以外を1回やってみたいと思っていて、例えば、ドラマCDや朗読など、声をコンテンツにしたものを360 Reality Audioで作るとどうなるのかなと。羽多野さんの話を聞いて、そういう前提のコンテンツもいいなと思いました」

 最後に羽多野は、自身の経験を元に360 Reality Audioへの期待を膨らませた。

 「声優の仕事をしていて思うのですが、生で朗読をする朗読劇って、演じてる我々も聴いているお客さんもとても想像力を働かせるんです。耳でいろいろな状況を想像しながら聴くのは、360 Reality Audioの可能性の一つかもしれないですね。ドラマの舞台に自分が入り込むエンタメとして、工夫次第で面白いものが作れそうです!」

【羽多野渉】『アイドリッシュセブン』の八乙女楽役をはじめ、『A3!』の卯木千景役、『僕のヒーローアカデミア』心操人使役など、多数の人気作品のキャラクターを演じ、声優として精力的に活動。アーティストとしては2011年12月21日にデビュー。12枚のシングルと3枚のフル・アルバム、1枚のミニ・アルバムをリリース

【佐藤純之介】多くのアニメ・ソングの制作に携わり、エンジニアリングも手掛けるプロデューサー。ランティス/バンダイナムコアーツを経て、2020年にPrecious toneを設立。現在はSYNCLIVE Studio Mを拠点として活動する

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