ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した新しい音楽体験で、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。今回は、たなか、ササノマリイ、Ichika Nitoから成るバンド、Diosをアルバム音源、ライブ盤、リミックスの観点から紹介。キーボード/作曲を担当するササノマリイ(写真中央)、「Bloom - Tomggg Remix」を手掛けたTomggg(同左)、アルバム音源の360 Reality Audioミックスを手掛けた山麓丸スタジオの當麻拓美氏(同右)、ライブ音源『CASTLE TOUR 2022 - Live Selection-』のミックスを手掛けたSoundCity中山太陽氏の話から制作をひも解いていく。
Photo:Hiroki Obara 取材協力:ソニー
今月の360 Reality Audio:Dios『CASTLE』
配信サービス
Amazon Music Unlimited
※360 Reality Audio版はスマートフォンで試聴可能です
広い空間にいきなり投げ込んで音を浴びせる
これまで数多くの360 Reality Audioミックスを手掛けてきた當麻氏は、Diosの作品についてこう語る。
「僕は2ミックスを聴いて頭の中で360 Reality Audioの配置を組んでから作業に入るのですが、Diosの楽曲はどんどんイメージが湧いてくるものばかりなので、曲の本来持っている良さをより磨いて出すことに注力しました」
Diosのコンポーザーでもあるササノマリイは、360 Reality Audioを初体験した感想を“めっちゃ楽しい”と話す。
「最初はどう配置したら360 Reality Audioが生きるか想像できなかったので、まずはミックスを當麻さんにお任せしました。聴いてみて、立体として破綻なく奇麗に聴こえるのは驚きでしたね。僕はトラック数を増やしがちで、2ミックスではどうしてもすべてのトラックを認知させ切れなかったのですが、360 Reality Audioでは音の隙間があって全部聴こえたんです。Diosの曲は360 Reality Audioに合っているし、これからもっと360 Reality Audioが広まってくれれば、自分の曲作りがどれだけ楽になるだろうと思いました」
アルバム収録曲の「Bloom」はTomgggによるリミックスも制作。ポップなシンセ・サウンドが多用されたファンタジーな世界観の一曲で、當麻氏と共同で360 Reality Audioミックスが行われた。Tomgggに制作コンセプトを尋ねてみよう。
「リスナーが、すごく広い空間にいきなり投げ込まれて音を浴びせられるようなコンセプトにしようと思って。遊園地のアトラクションのように、聴いている人が前に進んでいるかのような音が登場してくるイメージでアレンジを進めました。グロッケンやマリンバのようなトランジェントが強く知覚しやすい音を多用して、それと対比するように、シンセ・パッドなど空気感が広がる音をレイヤーしています」
「コーネリアスの『Sensuous』がきっかけで空間表現に興味を持ったんです」というTomggg。360 Reality Audioには、ステレオでは出せない魅力を感じているという。
「自分でもステレオで空間表現を頑張ってきたんですけど、やっぱり限界があって。360 Reality Audioでその限界を一つ越えたのですごく楽しいです。曲の世界観や伝えたい音色を最大限に伝えられるのは夢がありますし、今後テクニックが増えて別の表現が生まれる可能性も感じます」
「Bloom - Tomggg Remix」の空間作りでは、サラウンド・リバーブとステレオ・リバーブを使い分けたという當麻氏。
「サラウンド・リバーブとして5.0chのAVID ReViveⅡを上/中/下の3層にしたほか、前後感を出すために、リアにステレオのリバーブを1本挿しています。後方に音が漂い続けることで存在感が出て、前後の距離感が作れますし、瞬発的に出てきた音も違和感なく聴かせられるんです」
自分たちが作った一つ一つの音が認識できる
アルバム最終曲の「劇場」で、360 Reality Audioならではの“没入感”を見事に表現した當麻氏。
「会場に自分しかいない状態で、自分のためだけに演奏している、という表現に初めて挑戦しました。アルバムの曲順にミックスをして、「劇場」を手掛ける頃には自分でもDiosが好きになりすぎている状態で。一人のファンとして“こんなの聴きたいな”という思いで作りました」と語る。
ササノは「会場でのライブ・リハ中にフロアへ降りて聴く音に近い」と言及。さらに當麻氏へ空間作りの詳細を聞こう。
「ルーム系リバーブをそれぞれの場所に同じ設定で多めに送り、お客さんがいない想定で開放して響かせて、空間の広さを出しました。たなかさんのボーカルは、ドライとリバーブ成分のステムを別でいただいたので、ドライを強めにして空間のリバーブに混ぜつつ、原曲にかかっていたリバーブは後ろに配置して、それをさらにリバーブで濁しています」
ササノは360 Reality Audioの制作を通じ、「音楽への向き合い方が変わった」と自身の変化を感じているそうだ。
「2ミックスだと聴いてる人がフォーカスしたところしか認識し切れないですが、歌に集中しながらも入ってくる要素があるのは作る側にとってもすごくありがたいですよね。僕はずっと、音圧戦争真っただ中の飽和したCDの音が好きで、曲作りもそれに影響を受けてきたんですけど、360 Reality Audioで自分たちが作った一つ一つの音が認識できるのを聴いたときに、音の扱い方を考え直した方がいいと思ったんです。自分がいいと思ったものが、もしかすると全く伝わっていないかもしれない。これからは自分たちが聴いて楽しく、人にもそれが伝わるようにできたらいいなと思います」
【Tomggg】“ものすごく楽しくなる音楽”をテーマに活動するビート・メイカー/プロデューサー。国立音楽大学大学院修士課程作曲専攻を修了
【ササノマリイ】エレクトロニカ、クラブ・ミュージックをポップスに落とし込んだ楽曲で注目を集めるビート・メイカー/プロデューサー/シンガー
【當麻拓美】山麓丸スタジオのチーフ・エンジニア。レコーディングやミックスのみならず、マスタリングやカッティングまで幅広く手掛けている
360 Reality Audioには超指向性マイクが合う
ここからは、ライブ音源の『CASTLE TOUR 2022 - Live Selection-』で360 Reality Audioミックスを手掛けた中山太陽氏へ話を聞こう。2022年7月にオープンし、本作のミックス場所となったSoundCity tutumuを訪ねた。
ライブ当日の配信ミックスも手掛けた中山氏。会場では360 Reality Audioのミックス用に次のようなマイク・セッティングをしたという。
「ステージには、バウンダリー・マイク、ペンシル型のコンデンサー・マイク、ガン・マイクの3系統をサイドまで大きく広げて配置しました。2階席のサイドにはガン・マイクを立て、会場後方にはアンビエンス・マイクとしてハンディ・レコーダーを置いて、フロアで遅れて聴こえる低域を再現しました」
続けて、マイクの指向性についてもこのように言及した。
「近い場所に吊った無指向性と超指向性マイクを聴き比べたところ、超指向性の方が360 Reality Audioらしい表現ができると感じたんです。オブジェクト・ベースの360 Reality Audioには超指向性マイクが合うのかもしれません」
オーディエンス・マイクの低域を上げてロー感を付加
本作はすべてtutumuでミックス作業を実施。モニター環境は、9.0.5.3chの構成で、L/C/RにはそれぞれPMC 6-2を設置し、そのほかはPMC 6を14台使って配置している。
「今回tutumuで初めてミックスしたので、スピーカーで全部作ってみました。サラウンド・バックがあるので、後ろに配置した音が分かりやすくて助かりました。ミックス後はソニーのヘッドホンWH-1000XM5を使ってロー感が破綻していないか確認し、イヤホンでもチェックしました」
ライブ・レコーディングで足りない部分は原曲のミックス・データを活用したという。
「ライブ用のシーケンスは2chにまとまっていたので、広げるために元の2ミックスのステムをもらって足しました」
ライブ用のミックスでは、「マイクを通した音と、キーボードや打ち込みのシーケンスなどのラインものの距離感を合わせるのが難しい」と話す中山氏。
「会場で響いた遠い音と、ラインの音の距離感に合わせるためにリバーブをかけたり、シンセはあまり左右に広げると大きくなりすぎるので、ササノさんの居るステージ下手に配置しました。Ichikaさんのギターもラインで録っていたので上手に配置しています。リバーブは5.0chのReVibeⅡを5層にして、下から順にルームより狭いリバーブ、ルーム・リバーブ、プレート、ホール、教会くらい響くものを並べました」
空間を広く聴かせるための音作りについてはこう話す。
「ロー感を稼ぐために、ボトム用のバスとサブローのバスを後から作って、バスでベースとキックを鳴らすようにしました。加えて、ローが響くフロアの感じはミックスで作れないので、オーディエンス・マイクの低域を少し上げています。2ミックスだとマスキングされてしまうのでオーディエンスの低域は切るのですが、360 Reality Audioは配置を変えれば濁らずに使えるんです。360 Reality Audioは配置するだけでいいので、2ミックスより表現しやすいことがありますね」
最後は「ライブ会場で聴くように感じてもらえたら」と話した中山氏。Diosの作品を通してクリエイター/エンジニアが技を光らせる多様な表現を、ぜひ体感していただきたい。