JASRAC主催『KENDRIX EXPERIENCE』が描く
クリエイターコミュニティの展望
2025年3月29日、渋谷ストリーム ホールが熱気と創造力に包まれた。日本音楽著作権協会(JASRAC)の音楽クリエイター向けDXプラットフォーム=KENDRIXが主催するイベント『KENDRIX EXPERIENCE』である。ライブ、トーク・セッション、公開コライトと、多彩なプログラムが並んだ会場には、作曲家や音楽クリエイター、新進アーティスト、企業など幅広い顔ぶれが集結。音楽制作の“今”と“未来”を体感できる学びと出会いの場として、参加者たちが熱心に交流する様子が終日にわたって繰り広げられた。ここでは、そんなイベント全体の様子を余すことなくレポートしていこう。
多様な顔ぶれが集う会場
若手クリエイター志望者からファミリー層まで、実に幅広い層の来場者が詰めかけていた『KENDRIX EXPERIENCE』の会場。STUDIO、CAFÉ、MARCHÉの3つのフロアに分かれており、いずれも自由に行き来することができるようになっている。 STUDIOフロアでは、アーティストによる本格的なライブや楽曲が完成するまでのノウハウを学べる公開コライト・セッションをはじめ、さまざまなトーク・セッションなどが行われた。
一方のCAFÉフロアでは、音楽クリエイター同士が自由に語り合える交流スペースやKENDRIX運営チーム/JASRAC職員が常駐する相談ブースが設置されており、著作権管理システムKENDRIXの技術解説から登録方法まで、専門家による個別相談が可能となっていた。
MARCHÉフロアでは、7社の企業によるブース展開と技術解説セッション/実演を中心としたミニ・ステージ・プログラムが実施された。SONYは独自のブロックチェーン・プラットフォームSoneiumをはじめ、Soneiumを基盤としたマーケティング・ツールFan Marketing Platformアプリ、KENDRIXのSoneium対応についてのパネルを展開。ROLANDはサンプラーSP-404MKIIやポケットサイズの電子楽器シリーズAIRA Compactなどを、KORGはシンセサイザーmicroKORG 2やワークステーション・シンセKRONOSを中心にブースを設営し、誰でも操作を試せる体験型の展示を用意していた。
触って学べるMARCHÉフロア
CASIOのブースでは、独自技術Vocal Synthesisを搭載したキーボードCT-S1000Vを軸に展示が行われ、“入力した歌詞を再現しながらボーカル・サウンドを生成できる”という独特の機能が大きな注目を集めていた。
さらにDOTEC-AUDIOは、自社で人気のプラグイン13本バンドルが当たるプレゼント・キャンペーンを実施し、音楽クリエイターの興味を大いに引きつけていたようだ。
またOTODASUは、組立式の簡易防音室OTODASU DEKA-Gを展示し、実際の防音性能を体感できるスペースを用意。防音や遮音機能に加え、設置のしやすさなどを来場者にアピールしていた。
最後にOIKOS MUSICは、NFT技術を活用して楽曲の原盤権を小口化して販売するオンライン・プラットフォームの活用方法を紹介する展示を行った。ここではアーティストとファンが協力し合って音楽活動を支える新しい収益モデルを目にすることができ、従来の音楽産業の枠組みを大きく変えうる可能性を感じさせる内容となっていた。
なお、MARCHÉフロアに設置されたミニ・ステージでは、作編曲家の野中“まさ”雄一、音楽プロデューサー/DJのRAM RIDERや江夏正晃、COLDFEETのWatusiなど数々の実績を持つプロフェッショナルが登壇し、さまざまな製品のデモ演奏やトークセッションが展開された。来場者にとっては、プロの音楽制作ノウハウなどを間近で見られる貴重な機会となったと言えるだろう。
プロ作曲家が語る“好き”の力
ここからは、STUDIOフロアをレポートしよう。最初のプログラムは、ゲーム音楽の第一線で活躍する作曲家の下村陽子と西木康智によるトーク・セッションだ。司会にエンドウ.を迎え、下村が手掛けたゲーム『FINAL FANTASY XV』の楽曲「Apocalypsis Noctis」や『ライブアライブ』の楽曲「GIGALOMANIA」について、当時のデモから完成版までを振り返る形で楽曲の製作秘話が明かされた。
下村は短期間でアイディアを形にするために“ストリングス・スケッチ”という高速な作業フローを編み出したと語り、完成イメージを迅速に落とし込みたい場面では複雑なキー・スイッチやコントロール・チェンジの設定を一旦後回しにするという。一方、西木はオーケストラ・アレンジを担う立場として、下村が描いたデモ・データからどのように細かいアレンジを加えていくかを具体的に示し、2人の連携によってゲーム音楽がチーム・ワークで生み出される様子を生々しく伝えた。
セッション終盤、下村が“自身はパソコンさえも触ったことがない初心者からスタートした”と回想し、“好きという気持ちが夢を叶えてくれた”と述べたことが、若いクリエイターたちに大きな勇気を与える場面となった。
本番一発勝負の公開コライト
2番目のプログラムは、『KENDRIX EXPERIENCE』の中でも大きな注目を集めた公開コライト・セッションだ。ステージには歌詞やメロディを担当するトップ・ライナーの岡嶋かな多、ヒット・メイカーとして数々のプロデュース経験を持つRyo’LEFTY’Miyataが集結。さらに彼らの呼びかけで、男女2人組ポップス・ユニット=リーブルのボーカルみゆうと、キーボードの木下陽介もサポート役として合流。
今回のコライトには“MIYAJI DANCE JAMの曲を作る”という明確なテーマが与えられていた。老若男女が踊れるグルーヴィーな楽曲に仕上げることが目的で、制限時間は70分。LEFTYが“テンポは100くらいがちょうどいいと振付師の方から聞いた”と呟き、ヒップホップ調のはねたビートを指ドラムで再現。その上で“キーはどうする?”という相談を持ちかけ、事前に準備していた“ミュージシャンズ・ダイス(キーが記載されたサイコロ)で決めましょう!”という遊び心が場を盛り上げた。みゆうがそのダイスを振ると、出た目はE♭だった。
キーとテンポが仮決定すると、岡嶋は“歌詞のアイディア出し”に入る。普段の作業ではA4サイズの紙にキーワードをランダムに書き込むという独自の手法を用いており、“後から見直して面白そうな単語やフレーズを組み合わせていく”と説明。その一方で、LEFTYはベース・ラインやピアノの伴奏をMIDIで打ち込み始める。これと同時進行で岡嶋とみゆうは歌詞とメロディを製作。観客からは“宮地という単語を歌詞に入れたらどうか”“ラブ&ピースを歌詞のテーマにしたらどうか”などの声が飛び交い、ステージ上のメンバーは“いいですね、それでやってみよう”と即興で取り込んでいくシーンが印象的だった。
観客とステージが紡ぐ即興の空間
このようにステージと観客が対話を重ねる形が、今回のコライトの大きな特徴だと言えよう。どんなに小さなアイディアでも気軽に発言できる空気があり、制限時間70分というプレッシャーも相まってテンポ感のあるやり取りが次々に生まれていた。LEFTYは“普段キックだけで2時間かけることもあるけど、アイディアの鮮度を優先するならスピードが大事”と語る姿に、多くの来場者がうなずく。
70分が経過した段階で、LEFTYが“じゃあ一回通して聴きましょう”と完成したワンコーラスを会場に響かせると、楽曲は完成度の高いポップ・チューンに仕上がっていた。その瞬間、観客からは大きな拍手と歓声が沸き起こり、コライトに参加した岡嶋、リーブルのみゆう・木下、そしてLEFTY自身も達成感に満ちた表情を浮かべていた。“曲を作るのが一番幸せ”と言い切る岡嶋の言葉には、まさにクリエイターの本音が詰まっている。LEFTYは“音楽は所詮道楽だからこそ、楽しむことを忘れないように”と笑顔でコメントし、ステージを後にした。
ブロックチェーンが変える音楽産業の未来
続くプログラムは、司会のWatusiが2人組のエレクトロニック・デュオMilk Talkを交えて行った『音楽ができるまでをのぞいてみた』というもの。ここではMilk Talkの代表曲「Electric Indigo」の制作工程や音作りを、本人たちが詳しく明かしていき、観客の興味を強く引きつけていた。
特にスケッチの段階でボーカルを先行録音し、そこにシンセやギターのアレンジを追加していく独特の制作フローや、SNS向けのセルフプロモーション戦略などに、来場者は刺激を受けていたようだ。
後続のプログラムは、SONYとのコラボによるトーク・セッション。前半は“Web3技術の活用と目指す世界”というテーマで、同社渡辺潤氏が登壇し、ブロックチェーンを活用した新たな権利管理やNFTの応用事例を詳しく解説した。後半では、音楽プロデューサーの桜木力丸氏も参加し、既存のシステムでは難しかった海賊版対策やクリエイターへの正当な収益還元、さらにはファンが作品づくりに参加して報酬を得る仕組みなどについて語り合った。その革新的なアイディアに、来場者は大きな関心を寄せていた。
フィナーレを飾る多彩なアーティストたち
STUDIOフロアの最終プログラムは、アーティストによるライブだ。一番手はシンガー・ソングライター/DJのLil Summerで、R&B色の濃いパフォーマンスを披露した。続くcross-dominanceは、Ryo 'LEFTY' Miyataを中心にさまざまなアーティストがコラボレーションするプロジェクト。この日はドラマーのTETSUYUKIとギタリストのハルカを迎えたバンド・セットで即興のジャム・セッションを展開。リーブルとのコラボ演奏もあり、ますます会場を盛り上げる。
さらに、公開コライト・セッションで作られた楽曲がフルコーラスで初披露される場面では、“ほんの数時間前までデモのような状態だった曲が、こんなにも完成度高く仕上がるのか”と驚く声が上がり、観客は音楽がリアルタイムに完成する醍醐味を存分に味わえる締めくくりとなった。
そして、トリに登場したのはMilk Talkだ。ギターと鍵盤を自由に操るHair Kidのパフォーマンスと、ボーカルQ.iの艶やかな歌声が合わさったファンキーなグルーヴが会場を包み込んだ。「Electric Indigo」ではギター・ソロを存分に披露し、Q.Iも所狭しと踊りまくる。後半ではギター・カッティングとラップが交錯する熱量が一気に最高潮へ到達。Q.Iが肩をはだけさせて踊る姿に、観客は手拍子を合わせ、大歓声とともにエンディングを迎えた。
若い才能が羽ばたく契機となる場
一日を通して開催された『KENDRIX EXPERIENCE』は、“クリエイター交流”と“テクノロジーを活用した新たな音楽制作の可能性”を示す意義深い催しだったと言えよう。各プログラムの合間には、若い作曲家や音楽関係者がCAFÉやMARCHÉフロアで名刺交換や意見交換を行い、それぞれの課題や目指す方向性を語り合う姿が随所で見られた。
主催であるJASRACは、今後もこうしたイベントを通してKENDRIXをさらに拡充していく予定だと発表している。まさに音楽とテクノロジーが融合する時代が加速し、まだ見ぬ才能が次々と羽ばたく契機となるだろう。今回のイベントで示された可能性が、次なる創作を刺激し、新たなムーブメントへとつながっていくことを期待したい。