イタリアを拠点に、ハードウェアからソフトウェアまで多岐にわたる製品をリリースする音響機器ブランド、IK Multimedia。同社はモニタリング・ソリューションとして、パワード・モニターのiLoudシリーズやスピーカー・キャリブレーション・システムのARC Studioを手掛けている。本企画では、まずCTO(最高技術責任者)のダビデ・バルビにコンタクトを取り、製品の技術的な部分についてインタビューを敢行。続いてiLoudシリーズのiLoud Precision MTM、6月に発売されたばかりのiLoud MTM MKII、そしてARC Studioをレコーディング・エンジニアの福田聡に渡し、使い手の視点からレビューしていただく。IK Multimediaのモニター製品が、プロの現場で支持される理由をひも解いていこう。
インタビュー:CTO(最高技術責任者)ダビデ・バルビ
2013年に初代iLoudが登場してから約10年。その誕生から、これまでのシリーズ製品やARCキャリブレーションに込められた技術やフィロソフィーについて、IK MultimediaにてCTO(最高技術責任者)を務めるダビデ・バルビにE-Mailインタビューを実施した。1996年にイタリアのモデナで代表取締役のエンリコ・イオリとともにIK Multimediaを立ち上げ、現在もハードウェア製品の最前線に立つ彼の言葉に注目してもらいたい。
音が一点から聴こえるMTMデザイン
──2013年の初代iLoudから続くiLoudシリーズですが、その開発コンセプトについて教えてください。
バルビ 私たちは常に、クリーンで色付けのないオーディオ再生がモニターの鍵であると信じています。ところが2013年当時、原音に忠実なポータブル・スピーカーがなかったので、自らiLoudを開発したのです。iLoudは、透明でプログラムに忠実なオーディオ再生を必要とする人々の要望に応えた、充電池駆動のBluetooth対応コンパクト・ステレオ・スピーカーとして高評価されました。2016年発売のiLoud Micro Monitorは、そのコンセプトを踏襲しつつ、左右のスピーカーを分離し、小規模のワーク・スペースでも効果的に機能する製品を目指しました。試行錯誤の甲斐あって、コンパクトなサイズで伸びのある低域と正確で透明感のある音が実現しました。
──続いて2019年にiLoud MTM、2022年にiLoud Precisionをリリースされましたね。
バルビ iLoud Micro Monitorが成功を収めたことを受け、私たちのノウハウと経験を生かしたコンパクトなプロフェッショナル・スタジオ・モニターを作ることにしたんです。アウトボードをモデリングしたプラグイン開発の経験がDSPデザインに役立つことは想像が付くと思いますが、ギター・アンプやロータリー・スピーカーなどキャビネットの特性を再現するソフトウェア開発の経験が、逆に偏りのない透明な特性のキャビネット設計に役立つのは面白いでしょう? iLoud MTMは、リニア・フェイズ仕様により200Hzからハイエンドまで20°以内に収まる位相特性を実現しています。ウーファーとツィーターを上下左右対称に配置したMTM(ミッドウーファー+ツィーター+ミッドウーファー)デザインと相まって、ウーファーとツィーターの再生音が一点から鳴っているように聴こえるのです。さらに、時間軸上で乱れにくい位相特性、フラットな周波数特性を補完するため、ARCテクノロジーを使ったルーム・キャリブレーションも内蔵しました。
30kHzまでフラットなレスポンスを実現
──iLoud Precisionは、フラットな周波数特性とリニアな位相特性が特徴的ですが、どのような技術を使っているのですか?
バルビ iLoud MTMよりさらに高解像度のリニア・フェイズ・デジタル・クロスオーバーや補正フィルターなど、より高精細なアルゴリズムを採用しました。iLoud Precision背面のLF EXTENSIONボタンは、デフォルトのFULLではハイパス・フィルターがかかりません。これはハイパス・フィルターをかけたときに生じる低域の位相特性の乱れを避けるためです。予期せぬ低音の過大入力によるウーファーの破損を防ぐため、位相を歪めないフィジカル・モデルのリミッターを導入しています。キャリブレーションもARC 4、ARC Studioの研究開発を反映させ、より高精細なルーム補正アルゴリズムになっています。
──そのほか、iLoud Precisionシリーズの特色について教えてください。
バルビ 高度なDSP開発が中核にあるのは確かですが、それだけではありません。カスタム設計のパワー・アンプにより、全高調波ひずみと相互変調ひずみが驚くほど低く抑えられています。ドライバーも大切で、ツィーターに30mmの低共振ユニットを採用し、極めて速い過渡応答、低共振な性能により30kHzまで完璧にフラットなレスポンスを実現しました。3機種とも共通の思想で設計していて、アナログ・オーディオ回路やAD/DAコンバーターは同じものを使っていますし、DSPもパラメーターと設定の違いだけです。パワー・アンプも同じカスタム設計のクラスDアンプを採用しました。iLoud Precisionの特徴が最も表れているモデルは、iLoud Precision MTMです。先述のMTMデザインで、“音が一点から聴こえる”特性により、長時間作業でも疲れることなく高精度なディテールを正確にモニターできます。パワーやSPLもシリーズの中で最も大きな値となっています。
常に補正を適用したサウンドでモニター
──今年発売のiLoud MTM MKIIは、前モデルからどのように進化しましたか?
バルビ 初代のコンセプトを踏襲しつつ大きな進化を遂げました。iLoud Precision譲りのDSPを採用したほか、低域のSPLを向上させ、中域の明瞭度を高める新しいウーファーを搭載しました。パワー・アンプやAD/DAコンバーターも新しく、電源は冷却動作と消費電力低減を実現するなど、さまざまな改良を施しました。iLoud Precisionと同じくX-Monitorに対応したことも大きな進歩です。
──付属ソフトウェアのX-Monitorを使うと、何がコントロールできますか?
バルビ スピーカー背面のボタンより詳細なコントロールが可能です。例えば、各ユニットにディレイ補正を設定して、イマーシブ環境を組むときのスピーカー間のタイミングを合わせることなどができます。ARCキャリブレーションも画面上の指示に従って行えるので、より分かりやすいでしょう。補正後のカーブを調整するEQも柔軟に行えます。スタジオ定番モニターの周波数と位相特性をエミュレートした“ボイス”も20種類以上収録しているので、聴き慣れた機種やクライアントが使用している機種のボイスを選択すれば、ミックスの客観的な判断に役立つでしょう。
──ARCキャリブレーションの技術は、どのように生まれたのでしょうか?
バルビ 2006年、私たちはAudysseyのルーム・コレクション技術を搭載したホーム・シアター・アンプを試して感銘を受け、モニタリング補正用のプラグインを作ることに興味があるか尋ねたんです。Audysseyはアイディアに同意してくれ、2007年に初代ARC Systemを発表しました。その後、IK Multimedia独自のルーム補正技術を開発することを決め、それを結実させたのが2020年リリースのARC 3です。iLoud MTM、iLoud Precision内蔵のキャリブレーション機能にも独自の補正技術を採用しています。
──今年リリースしたARC 4では、どのような進化を遂げているのでしょうか?
バルビ 新世代のルーム補正アルゴリズムを搭載し、スピーカー内蔵版よりも詳細な測定、柔軟な調整が可能です。そして、ARC Studioのプロ品質のハードウェア・プロセッサーに対応したことも大きい進化です。ARC 4で測定、解析した補正プロファイルをハードウェア・プロセッサーに転送し、オーディオI/Oやコンソールとモニター・スピーカーの間に設置すれば、DAWやプラグインに頼ることなく、常時補正を適用したサウンドでモニターができます。ARC Studioのハードウェア・プロセッサーはコンピューターに常時接続しなくてよいので、DAWベースだけでなく、コンソールをベースにしたスタジオでも使えます。
──高機能で優れたサウンドを提供するiLoudシリーズですが、リーズナブルな価格で提供できているのはなぜでしょうか?
バルビ まず“iLoudシリーズはリファレンス・スピーカーである”という定義を常に忘れないことです。それを手の届く価格で実現する鍵は設計にあります。手作業をほとんど必要とせず、大量生産できる熱可塑性プラスチック・エンクロージャーを採用しているのはその一例です。その前に、長年にわたるオーディオ信号処理に関わる研究開発の蓄積があることも、大きなポイントでしょう。
──最後に、日本のユーザーや導入を検討する人に向けてメッセージをお願いします。
バルビ 日本の皆様には、絶大な感謝の念を抱いています。私たちは製品の品質、性能への細心の注意がプロ向けの製品にとって重要だと考えていますが、日本では特にその点が評価されていると感じます。iLoudは、技術的、芸術的な側面を組み合わせた製品です。設計の基礎段階から独自技術により正確な音を目指すと同時に、音楽的でエモーショナルな魅力を持ち、感動をもたらすことも重要だと考えています。最終的にオーディオは喜びをもたらすものでなければなりません。なぜならそれは、アートだからです。iLoudシリーズが、そんな理想的な組み合わせを実現していると感じていただければ幸いです。
製品紹介:iLoud Precision
コンパクトなパワード・モニターを展開してきたiLoudシリーズにおいて、“フルサイズ・スタジオ・モニター”として登場したラインナップ。iLoud Precision 5、6、MTMの全3機種をそろえる。96kHz動作のDSPやデジタル・クロスオーバー、カスタム設定のクラスDアンプを搭載し、150Hz以上でリニアな位相特性を実現。内蔵のARCキャリブレーション機能を操作するための付属ソフト=X-Monitorでは、補正プロファイルの切り替えやボイシング調整などが可能だ。写真のブラックのほか、ホワイトも用意する。
【Specifications】
iLoud Precision MTM
▪構成:5インチ径ミッドウーファー×2+1.5インチ径ツィーター ▪アンプ:クラスD、175W RMS ▪最大音圧レベル:119.5dB ▪周波数特性:45Hz~30kHz(±1dB) ▪クロスオーバー周波数:1.9kHz ▪外形寸法:185(W)×459(H)×282(D)mm ▪重量:9.9kg
iLoud Precision 6
▪構成:6.5インチ径ミッドウーファー+1.5インチ径ツィーター ▪アンプ:クラスD、150W RMS ▪最大音圧レベル:116dB ▪周波数特性:45Hz~30kHz(±1dB) ▪クロスオーバー周波数:1.9kHz ▪外形寸法:201(W)×353(H)×282(D)mm ▪重量:7.7kg
iLoud Precision 5
▪構成:5インチ径ミッドウーファー+1.5インチ径ツィーター ▪アンプ:クラスD、135W RMS ▪最大音圧レベル:114.5dB ▪周波数特性:46Hz~30kHz(±1dB) ▪クロスオーバー周波数:2.1kHz ▪外形寸法:177(W)×305(H)×248(D)mm ▪重量:6.1kg
製品紹介:iLoud MTM MKII
パワード・モニターiLoud MTMの後継機種。ドライバーを改良し、垂直方向への音の広がりを制御しながら水平方向へ拡大することで、床やデスク、天井の反射を低減しつつ、スウィート・スポットを広げた。2.5kgのコンパクトな筐体で、36Hzまでの低音再生能力や旧モデルの2倍のDSP処理能力を有する。iLoud Precisionと同じくARCルーム補正機能を内蔵し、付属のX-Monitorソフトで操作可能。1台から購入できるほか、ペア+測定マイクのパッケージや、イマーシブ環境の構築に適した11台セット+測定マイクのバンドルも用意される。
【Specifications】
▪構成:3.5インチ径ミッドウーファー×2+1インチ径ツィーター ▪アンプ:クラスD、100W RMS ▪最大音圧レベル:112.5dB ▪周波数特性:48Hz~28kHz(±2dB) ▪クロスオーバー周波数:2.8kHz ▪外形寸法:160(W)×264(H)×130(D)mm ▪重量:2.5kg/1台(本体+フット)
製品紹介:ARC Studio
測定用マイク、スタンドアローンの音響補正ハードウェア・プロセッサー、音響測定&解析を行うARC 4ソフトウェアから成るスピーカー・キャリブレーション・システム。iLoudシリーズ以外の、あらゆるスピーカーにも対応する。マイクで測定用の信号を収め、ARC 4で測定~解析を行い、ルーム・アコースティックのプロファイルをハードウェア・プロセッサーに転送。そのプロセッサーをモニター・システムのマスター・バス(オーディオI/Oとスピーカーの間)に設置することで音響補正を行う。測定用マイクを付属しないアップグレード版もラインナップ。
【Specifications】
▪オーディオ変換と内部処理サンプリングレート:96kHz ▪オーディオ変換解像度:24ビット ▪内部処理の解像度:32ビットフロート ▪レイテンシー:1.4ms(ナチュラルフェーズ・モード)、42ms(リニアフェーズ・モード) ▪対応OS:Mac/Windows ▪外形寸法:144(W)×45(H)×120(D)mm ▪重量:465g
続いては、レコーディング・エンジニアの福田聡がiLoud Precision MTM、iLoud MTM MKII、ARC Studioを徹底レビュー!