2024年に創業100周年を迎えたドイツ・ハイルブロンの音響機器ブランド、beyerdynamicに迫る当連載。第3回は現地の開発現場からのレポートをお届けする。ドイツ南西部に位置するハイルブロンは、フランクフルトから車で2時間ほどの場所にある人口約12万人の都市。1924年創業のbeyerdynamicは、第2次世界大戦後の1948年に、東西に分かれたベルリンから、西側のハイルブロンへと拠点を移した。以来ほぼすべての製品の開発、製造をこの地で行い、彼らのモットーである“Made in Germany”を体現しているのだ。通常は撮影禁止の工場の内部に潜入して撮影した貴重な写真とともにご覧いただきたい。
Photo:Hiroki Obara
beyerdynamicのヘッドホンができるまで
ダイアフラム
ヘッドホンの心臓部とも言えるドライバー。その構成要素の一つであるダイアフラム=振動板は機種によって素材が異なるが、取材時に見せてもらったDT 770 PRO(250Ω)の場合、元となる素材に、熱と圧力をかけて1枚ずつ製造する。専用の機械(写真❶)が3台用意されていて、1時間に1台あたり60枚、合計で180枚作ることが可能。出来上がったダイアフラムは、まとめてトレーに並べて管理している(写真❷)。後述するボイス・コイルも含め、基礎パーツからドイツ国内で製造していることは驚きだが、ブランドのこだわりである音質への影響の大きい部品であるゆえんだろう。
ボイス・コイル
続いてダイアフラムに取り付けるボイス・コイルの製造を見ていこう。ボイス・コイルとは、銅線などのワイヤーでできていて、音声信号が入力されるとマグネットと反応してダイアフラムを振動させるというもの。こちらも専用の機械(写真❸)を使っていて、円筒状の型に巻き付けることで円形を作っている(写真❹)。
写真で使われているワイヤーは4層構造になっていて1本は人間の髪より細いそう。その後、人の目で精査(写真❺)し、次の工程へ進める。なお、工場内の機械は、90%以上が自社で開発したものとのことだ。一般に流通している機械を使わず、品質(音質)のカギとなる部分には製造機器まで自社開発する。音質に対する徹底的なこだわりがこういった部分にも見える。
ダイアフラムとボイス・コイルの結合
それから、接着剤を用いて一つ一つ人の手でダイアフラムとボイス・コイルを結合して(写真❻)、乾燥させていく(写真❼)。
ちなみに、次世代のスタンダードとなるべく、多くの資源を投下し開発されたSTELLAR.45ドライバーの製造工程では、これまた自社開発でここまで見てきた工程を完全に機械化し、1日3,000枚を生産できるようになっているそう(写真❽。中央の機械を女性が管理している)。SPLやひずみ率、周波数特性などの音響特性を大きく向上させるとともに、製造原価を抑え、手の届きやすい価格で高品質な製品を販売することにもつながっている。STELLAR.45ドライバーは、DT 770 PRO X Limited EditionなどのPRO X シリーズのドライバーに使われている。beyerdynamicでは、各部門でハンドメイドと機械化を両立した生産ラインを確立し、工程によっては人間のほうが正確ということで、職人たちを信頼していることが大いに感じられた。
ドライバー①
部屋を移動してドライバーの製作へ。中央にマグネットを付けたマウントと、先ほど準備したダイアフラムを組み合わせる(作業を終えたものが写真❾)。縁に青いラインを引き(写真❿)、ダイアフラムをかぶせながらボイス・コイルのワイヤーも接続する(写真⓫)という作業で、淡々と作っているように見えたのだが、かなりの技術を要するとのことだ。
ほかのデスクでは、拡大鏡を使ってインピーダンスを測定(写真⓬)。結線されているか確認する意味合いもあり、インピーダンスが高いほどワイヤーが細くなり集中力が必要になるという。製造工程だけでなく、パーツ単位でチェックすることで品質管理を徹底している。これらが高コストのドイツで行われているのは驚くべきことで、ブランドの品質に対するこだわりが感じられる。
ドライバー②
次に機械でコーティングを行い(写真⓭)、約60℃の温風で乾燥(写真⓮)。音響テストをクリアしたものにはシリアルが付番され、バッフルと合わせればドライバーの完成(写真⓯)。
今回製造工程を見ることはできなかったが、STELLAR.45ドライバーの完成品を見せてもらった(写真⓰)。個別のチェック・データを記録し、シリアルで厳密に管理されているのが見て取れる。こうしてヘッドホンの心臓部が出来上がり、最後の工程へと進んでいく。
ヘッドホンの完成
最後はドライバーと、イヤー・パッドやヘッドバンドなどの各パーツを人の手で組み立てていく(写真⓱)。DT 900 PRO Xが、慣れた手つきであっという間に出来上がった(写真⓲)。作業効率が高いのは、パーツの分解、組み立てが容易に可能なモジュラー式になっているため。プロの現場で支持される保守性の高さがこんなところにも見られる。
最終チェックとして、密閉空間の中で音声信号を流して音響テストを実施(写真⓳、⓴)。最後の品質チェック項目だ。無事にクリアすれば晴れて市場に出られる製品となるのだ。
ヘッドホン開発を支える職人たち
自社工場だからこその姿勢
取材を通して、beyerdynamicが品質に対する絶対の自信と誇りを持っていることがうかがえた。取材班がいる中、どのスタッフも華麗な手さばきで作業を続けていたことに思わず目を奪われてしまった。創業から今に至るまで、開発、製造、管理のすべてを自社工場で行っているからこそ、受け継がれている姿勢がそこにはある。
あなたが現在使っている、またはこれから使用するbeyerdynamicのヘッドホンが、日本から遠く離れたドイツの地で、いかに丁寧に、熱意をもって作られているかを感じてもらえたならば幸いだ。
【動画レポート】開発者インタビューや現地取材の模様はサンレコYouTubeチャンネルにて公開中!