3月15日、16日に有明アリーナでキタニタツヤArena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』が開催された。アリーナからスタンド席まで多くの観客で埋め尽くされた当公演のFOHコンソールはAvid VENUE | S6L(写真はコントロール・サーフェスのVENUE | S6L-32D)。本機の魅力やライブ・サウンド作りについて、PAエンジニア・チームの話から迫っていこう。
VENUE | S6Lは音の立ち上がりが速い
キタニタツヤ Arena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』
今回編集部は、東京公演2デイズの2日目、3月16日のリハーサル時に有明アリーナを訪れた。有明アリーナは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に合わせて新設された会場で、1万人以上のキャパシティを誇る。話を伺ったのは、キタニがメジャー・デビューしたころからPAエンジニアを務めているアーチドゥーク・オーディオの栗原利典氏と、同じくアーチドゥーク・オーディオ所属でシステム・エンジニアを務める德田時彦氏の2人。まずはFOHコンソールとして採用されたAvid VENUE|S6Lの話から聞いていこう。栗原氏は、ほぼすべての仮設PA現場においてVENUE|S6Lを使用しているとのことだが、どういった印象のコンソールなのだろうか。
「僕は旧モデルのVENUE|Profileから使っていました。割とプラグインありきで音を作るようなイメージもあったのですが、VENUE|S6Lではそういった印象もなく、音が奇麗で太くなったと感じています。中でも、音の立ち上がりの速さは、ほかのコンソールにはない長所だと思います」
音の良さという面に德田氏も同意する。
「コンソールって、“あのメーカーの音だね”というメーカーごとの色がありますが、VENUE|S6Lには卓の音というものがない。それってすごいことで、要は“エンジニアの音”がするコンソールなんです。それが広く採用されている理由ではないでしょうか」
VENUE|S6Lは、音楽制作で用いるPro Tools付属プラグインやWAVESプラグインを使えることも大きな特徴の一つ。今回ボーカルに使用したプラグインを栗原氏に聞いた。
「僕は昔からWAVESのC6 Multiband Compressorを使うことが多くて、EQ的に活用しています。あとはF6 Floating-Band Dynamic EQも使ったり、PuigChild Compressorで色付けしてから、最終的にアウトボードを通しています。プラグインで整えた上でアウトボードを通したほうが、より前に出てくるんです。ほかに使うプラグインとしてはRenaissance Compressorとか、シンプルに扱えるものが多いですね。あんまりやり過ぎると、どんどん音が奥まってしまう。基本的には色付け的な使い方です」
別の長所として「どのチャンネルをどのフェーダーにアサインするのか、レイアウトを自由に組めるのがいいですね」と栗原氏。また、フェーダーの位置やプラグイン設定をストア/リコールできるスナップショット機能について、德田氏が続ける。
「スナップショットを使って、すぐにフェーダーのレイアウトを変えられるのも便利です。例えばマイクのインプットだけで20ch分あるようなイベントで、この曲は4人しか歌わないからほかの16chはいらないという場合、その16chはフェーダー上になくてもいいんです。フェーダーに何をアサインするかを曲ごとに変えられるので、チャンネルを探す手間が省けるし、ミスも防げます。オペレートする人によって、やれることの幅が広く設計されているのはメリットだと思います」
客席の位置と音の印象をそろえる
ここからは、有明アリーナの音響について。両名とも同会場のライブを手掛けるのは初めてだったそう。德田氏が言う。
「会場によって響きが味方する場合と、そうでない場合があります。ここはちょっと音作りが難しい設計なので、そこを加味してかなり追い込んだシステムを作っています。ただ反射のこと以前に、アリーナの正面とスタンドのサイドではステージの見え方が違うので、客席の位置と音の印象をそろえたい、というのが最初のテーマとしてありました。後方の席でステージは遠いのに音が近くにあるのは変だし、逆に近くの席なのに遠くに感じるのも変ですよね。もちろん“音量”はある程度均一にしていますが、“音質”を調整することで、見ているビジュアルとサウンドの距離感をそろえています。初日のお客さんの反応を見る限りは良かったと思いますが、2日目はさらに良くしようと2人で話していました」
スピーカーはd&b audiotechnik製品を採用している。栗原氏が「d&bの音が好きなんです」と語るように、大きな信頼を置いているスピーカーだ。
「d&bの特徴として、ローミッドの処理の仕方で結構印象が変わってきます。初日はその辺りを少し広げたためか、思っていたよりも音量が上がり、そこに反射も付いてきてしまった。もう少し音量が下がれば、明瞭度が上がってより良い音場になると、PAとシステム、どちらの立場でも同じ感覚として持っていました。だから修正も早かったですね」
ライブの本番をアリーナからスタンドの4階まで、さまざまに移動しながら見ていたところ、確かにライブ体験としてどこにいても違和感がなく楽しむことができ、“音響的に難しい会場”という印象は全くなかった。彼らの音作りへの飽くなきこだわりと、VENUE|S6Lから生み出される“エンジニアの音”により、ライブ・パフォーマンスが余すところなくすべての人へと届けられ、熱狂を生み出していたのは間違いないだろう。