キタニタツヤ Arena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』有明アリーナ公演でのAvid VENUE | S6L活用レポート

豊かなライブ・サウンドを紡ぐAvid VENUE|S6L〜キタニタツヤ Arena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』

3月15日、16日に有明アリーナでキタニタツヤArena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』が開催された。アリーナからスタンド席まで多くの観客で埋め尽くされた当公演のFOHコンソールはAvid VENUE | S6L(写真はコントロール・サーフェスのVENUE | S6L-32D)。本機の魅力やライブ・サウンド作りについて、PAエンジニア・チームの話から迫っていこう。

VENUE | S6Lは音の立ち上がりが速い

キタニタツヤ Arena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』

キタニタツヤ Arena Tour 2025『ANGEL WHISPERING』

キタニタツヤは、2014年頃にボカロPの“こんにちは谷田さん”として活動をスタートし、以後音楽プロデューサーとしてアーティストへの楽曲提供や、ヨルシカのサポート・ベーシストを務め、2020年にはソロとして『DEMAGOG』でメジャー・デビュー。2023年に「青のすみか」で紅白歌合戦に初出場を果たし、2024年には中島健人との音楽ユニットGEMNを結成した。『ANGEL WHISPERING』は自身初となるアリーナ規模のツアーで、3月15日と16日に有明アリーナ、3月20日にAsueアリーナ大阪にて開催された

 今回編集部は、東京公演2デイズの2日目、3月16日のリハーサル時に有明アリーナを訪れた。有明アリーナは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に合わせて新設された会場で、1万人以上のキャパシティを誇る。話を伺ったのは、キタニがメジャー・デビューしたころからPAエンジニアを務めているアーチドゥーク・オーディオの栗原利典氏と、同じくアーチドゥーク・オーディオ所属でシステム・エンジニアを務める德田時彦氏の2人。まずはFOHコンソールとして採用されたAvid VENUE|S6Lの話から聞いていこう。栗原氏は、ほぼすべての仮設PA現場においてVENUE|S6Lを使用しているとのことだが、どういった印象のコンソールなのだろうか。

 「僕は旧モデルのVENUE|Profileから使っていました。割とプラグインありきで音を作るようなイメージもあったのですが、VENUE|S6Lではそういった印象もなく、音が奇麗で太くなったと感じています。中でも、音の立ち上がりの速さは、ほかのコンソールにはない長所だと思います」

 音の良さという面に德田氏も同意する。

 「コンソールって、“あのメーカーの音だね”というメーカーごとの色がありますが、VENUE|S6Lには卓の音というものがない。それってすごいことで、要は“エンジニアの音”がするコンソールなんです。それが広く採用されている理由ではないでしょうか」

Avid VENUE|S6L

Avid VENUE|S6L

 VENUE|S6Lは、音楽制作で用いるPro Tools付属プラグインやWAVESプラグインを使えることも大きな特徴の一つ。今回ボーカルに使用したプラグインを栗原氏に聞いた。

 「僕は昔からWAVESのC6 Multiband Compressorを使うことが多くて、EQ的に活用しています。あとはF6 Floating-Band Dynamic EQも使ったり、PuigChild Compressorで色付けしてから、最終的にアウトボードを通しています。プラグインで整えた上でアウトボードを通したほうが、より前に出てくるんです。ほかに使うプラグインとしてはRenaissance Compressorとか、シンプルに扱えるものが多いですね。あんまりやり過ぎると、どんどん音が奥まってしまう。基本的には色付け的な使い方です」

 別の長所として「どのチャンネルをどのフェーダーにアサインするのか、レイアウトを自由に組めるのがいいですね」と栗原氏。また、フェーダーの位置やプラグイン設定をストア/リコールできるスナップショット機能について、德田氏が続ける。

 「スナップショットを使って、すぐにフェーダーのレイアウトを変えられるのも便利です。例えばマイクのインプットだけで20ch分あるようなイベントで、この曲は4人しか歌わないからほかの16chはいらないという場合、その16chはフェーダー上になくてもいいんです。フェーダーに何をアサインするかを曲ごとに変えられるので、チャンネルを探す手間が省けるし、ミスも防げます。オペレートする人によって、やれることの幅が広く設計されているのはメリットだと思います」

客席の位置と音の印象をそろえる

 ここからは、有明アリーナの音響について。両名とも同会場のライブを手掛けるのは初めてだったそう。德田氏が言う。

 「会場によって響きが味方する場合と、そうでない場合があります。ここはちょっと音作りが難しい設計なので、そこを加味してかなり追い込んだシステムを作っています。ただ反射のこと以前に、アリーナの正面とスタンドのサイドではステージの見え方が違うので、客席の位置と音の印象をそろえたい、というのが最初のテーマとしてありました。後方の席でステージは遠いのに音が近くにあるのは変だし、逆に近くの席なのに遠くに感じるのも変ですよね。もちろん“音量”はある程度均一にしていますが、“音質”を調整することで、見ているビジュアルとサウンドの距離感をそろえています。初日のお客さんの反応を見る限りは良かったと思いますが、2日目はさらに良くしようと2人で話していました」

FOH付近から見たステージ全景。客席前方の中央にはセンター・ステージが組まれている

FOH付近から見たステージ全景。客席前方の中央にはセンター・ステージが組まれている

FOHコンソール脇のラック。上から、I/OラックのAvid Local 16、WAVES Titan SoundGrid Server、S6Lシステム・エンジンのAvid VENUE | E6L-192を格納する

FOHコンソール脇のラック。上から、I/OラックのAvid Local 16、WAVES Titan SoundGrid Server、S6Lシステム・エンジンのAvid VENUE | E6L-192を格納する

ステージ袖のI/Oラック、Avid Stage 64。インプット総数は50ch以上に及ぶ

ステージ袖のI/Oラック、Avid Stage 64。インプット総数は50ch以上に及ぶ

キタニのボーカルに用いたアウトボード類。コンプのSUMMIT AUDIO TLA-100Aと、その下がチャンネル・ストリップのRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channel

キタニのボーカルに用いたアウトボード類。コンプのSUMMIT AUDIO TLA-100Aと、その下がチャンネル・ストリップのRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channel

 スピーカーはd&b audiotechnik製品を採用している。栗原氏が「d&bの音が好きなんです」と語るように、大きな信頼を置いているスピーカーだ。

 「d&bの特徴として、ローミッドの処理の仕方で結構印象が変わってきます。初日はその辺りを少し広げたためか、思っていたよりも音量が上がり、そこに反射も付いてきてしまった。もう少し音量が下がれば、明瞭度が上がってより良い音場になると、PAとシステム、どちらの立場でも同じ感覚として持っていました。だから修正も早かったですね」

メイン・スピーカー(写真左)は片側につき、d&b audiotechnik GSL8×14台と、下の2台にGSL12をリギング。スタンドに向けたサイド・スピーカー(同右)は上の6台がKSL8、下の4台がKSL12となっている

メイン・スピーカー(写真左)は片側につき、d&b audiotechnik GSL8×14台と、下の2台にGSL12をリギング。スタンドに向けたサイド・スピーカー(同右)は上の6台がKSL8、下の4台がKSL12となっている

サブウーファーd&b audiotechnik SL-SUBは、ステージ前方の左右に8台ずつ配置。「低音をいかに全体へ均一に届けるかを考え、分散配置にしました。その上で、最も内側のサブウーファーは少し下げていたりと、細かくコントロールしています」と德田氏

サブウーファーd&b audiotechnik SL-SUBは、ステージ前方の左右に8台ずつ配置。「低音をいかに全体へ均一に届けるかを考え、分散配置にしました。その上で、最も内側のサブウーファーは少し下げていたりと、細かくコントロールしています」と德田氏

ステージ袖には、d&b audiotechnik D80を中心としたパワー・アンプのラックがずらりと並んでいた

ステージ袖には、d&b audiotechnik D80を中心としたパワー・アンプのラックがずらりと並んでいた

FOHブースのシステム調整を行うデスク。プロセッサーのLAKE LM44×2台のほか、各コンピューターにはLake Controller、音響測定ソフトのRATIONAL ACOUSTICS Smaart、d&b audiotechnikのシステム・コントロール・ソフトR1が立ち上がっている

FOHブースのシステム調整を行うデスク。プロセッサーのLAKE LM44×2台のほか、各コンピューターにはLake Controller、音響測定ソフトのRATIONAL ACOUSTICS Smaart、d&b audiotechnikのシステム・コントロール・ソフトR1が立ち上がっている

 ライブの本番をアリーナからスタンドの4階まで、さまざまに移動しながら見ていたところ、確かにライブ体験としてどこにいても違和感がなく楽しむことができ、“音響的に難しい会場”という印象は全くなかった。彼らの音作りへの飽くなきこだわりと、VENUE|S6Lから生み出される“エンジニアの音”により、ライブ・パフォーマンスが余すところなくすべての人へと届けられ、熱狂を生み出していたのは間違いないだろう。

インタビューに答えてくれた、アーチドゥーク・オーディオの德田時彦氏(写真左)と栗原利典氏(同右)

インタビューに答えてくれた、アーチドゥーク・オーディオの德田時彦氏(写真左)と栗原利典氏(同右)

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