デジタル・オーディオの新時代を支えてきた伝説のブランドApogee 40年の軌跡

デジタル・オーディオの新時代を支えてきた伝説のブランドApogee 40年の軌跡

理念と技術が導いた、Apogeeの今

1985年、デジタル録音黎明期にカリフォルニアで誕生し、40年にわたり音楽制作の現場に革新をもたらしてきたオーディオ機器ブランドApogee。独自のAD/DA技術やマスター・クロックによるジッター対策をはじめ、近年はボブ・クリアマウンテンとの共同開発によるプラグイン群のほか、イマーシブ制作にも対応するオーディオ・インターフェースまで幅広く展開している。そんな同社の屋台骨を成すのは、創業者ベティ・ベネットが掲げるユーザー中心の哲学。そこに伝説的エンジニアであり、パートナーでもあるボブ・クリアマウンテンとの協働や、環境に配慮したものづくりの姿勢が重なり、今やApogeeは唯一無二のブランドとして確立されている。このページでは、そんなApogeeの創業理念や成り立ち、そして未来へと続くビジョンをひもといていく。

音質を妥協することなく追求

 1980年代初頭、CDという新しいメディアが音楽業界に登場する中、当時のデジタル録音には大きな課題が残されていた。それは“高域のにごり”や“音の冷たさ”といったものだ。これらの問題が、アーティストやリスナーを満足させるには程遠かったという。

 こうした状況に疑問を抱いた3人=経営者であるベティ・ベネット、エンジニアのブルース・ジャクソン、クリストフ・ハイデルベルガーによって、1985年にApogeeは創設された。彼らはアナログ機材の温かみや音のニュアンスを正確に再現することを目指し、新しいデジタル/アナログ変換技術の開発に取り組んだのだ

Apogee創業者兼CEOを務めるベティ・ベネット。地域に根ざした環境配慮型経営を実践する

Apogee創業者兼CEOを務めるベティ・ベネット。地域に根ざした環境配慮型経営を実践する

 最初の製品であるアンチエイリアシング・フィルター944 Filterは、当時広く使われていたSONYのマルチトラック・レコーダーPCM-3324に装着することで音質を飛躍的に改善。ブルース・スプリングスティーンやブライアン・アダムスといったアーティストたちの現場で即座に導入され、Apogeeの名は瞬く間にプロの間で広まっていったという。

 また、1990年代初頭に発売したスタンドアローン型AD/DAコンバーターのAD-500/DA-1000などは、当時としては高い音質と安定性を両立した設計で注目を集めた。この信頼性は、後のRosetta、Duet、Symphony I/Oシリーズへと受け継がれていく。

 ソフトウェアの領域でも、ボブ・クリアマウンテンとのコラボによって生まれたプラグイン・エフェクト・シリーズ、Clearmountain’s DomainやClearmountain’s Spacesなど、プロの音響処理をそのままツールに落とし込んだ製品を開発している。

ボブ・クリアマウンテン。デヴィッド・ボウイ、ローリング・ストーンズなどの曲を手掛ける伝説的エンジニア

ボブ・クリアマウンテン。デヴィッド・ボウイ、ローリング・ストーンズなどの曲を手掛ける伝説的エンジニア

 近年、著しく拡大するイマーシブ・オーディオ制作においても、Apogeeとボブ・クリアマウンテンはその製品と技術面でリーダー的な存在となっている。いち早くDolby Atmosなどの立体音響に取り組みはじめたボブ・クリアマウンテンのフィードバックを基に、Symphony I/O MkⅡはモニター・コントロール機能を強化。さらに2024年に登場したSymphony Studioシリーズでは、従来の録音用途に加えてイマーシブ・オーディオ制作までを念頭に置いた設計がなされている。

Apogee Symphony Studioシリーズは、フラッグシップ機の高音質設計を継承しつつ、イマーシブ・オーディオ制作にも対応するオーディオ・インターフェース。全部で3機種をラインナップ。写真は8イン/16アウト仕様のSymphony Studio 8x16

Apogee Symphony Studioシリーズは、フラッグシップ機の高音質設計を継承しつつ、イマーシブ・オーディオ制作にも対応するオーディオ・インターフェース。全部で3機種をラインナップ。写真は8イン/16アウト仕様のSymphony Studio 8x16

 また、この分野におけるノウハウを惜しみなく共有する姿勢も特徴で、同社は音楽スタジオやバークリー音楽大学などでのセミナー活動、日本国内でのワークショップ開催などを通じ、業界全体の技術水準の向上にも貢献している。

社会的責任と環境への配慮

 Apogeeは、環境や社会貢献活動への取り組みにも注力する。本社には152枚のソーラー・パネルを設置。電力消費の約60%を自社で賄い、余剰電力は地域電力網に供給している。またグリーン・ビジネス・サーティフィケーション・プログラムへの参加や製品パッケージの素材削減、エコ通勤支援などを通じて持続可能な企業活動を実践する。

 さらに本社に併設されたApogee Studioでは、製品開発やテストだけでなく、公共ラジオ局KCRWとの協業によるライブ・イベント『Apogee Sessions』を開催。LAという音楽/映像/テックの中心地で、著名アーティストのパフォーマンスを多数収録するこの場は、同社が文化的なハブとしての機能を果たしている証と言えるだろう。

 なお、2024年末〜2025年初頭にかけてLAを襲った大規模な山火事において、Apogeeは“Apogee製品が火災で被害を受けた場合は連絡を”と呼びかけ、個別対応によるサポートを表明している。

 こうした社会的取り組みや技術的革新の根底には、Apogeeが創業当初から掲げる揺るぎない哲学がある。特に製品開発の背景にあるのは“直感的なテクノロジーで、アーティストが魔法の瞬間をキャプチャーできるようにすること”“変化を受け入れ、常に挑戦しつづけること”といった基本理念だ。

 創業40年。Apogeeは技術/文化/社会的責任のすべてにおいて先進性を示しつづけてきた。時代が変わっても、ユーザーに寄り添うその姿勢こそが、Apogeeブランドの真価を支えている理由なのかもしれない。

Apogee 製品情報

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