360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用した音楽体験。この“360 Reality Audioメイキングラボ”では、その制作を手掛けるエンジニアやクリエイターのノウハウを深掘りする。今回はGeG(変態紳士クラブ)プロデュースのG.B.'s Bandが手掛けた『Trailblazer』を紹介。取材には、山岸竜之介(g)とエンジニアの沢田悠介、リモートで林拓也(b)、Tatzma the Joyful(g)が参加。彼らが制作を行ったソニーシティ大崎のスタジオL05Cで話を聞いた。
Photo:Hiroki Obara、JUNYA "Thirdeye" S-STEADY、Chubin Watanabe 取材協力:ソニー
作品情報:G.B.'s Band『Trailblazer』
プロデューサー:GeG
メンバー:写真左から、山岸竜之介(g)、林拓也(b)、竹村仁(ds)、中村エイジ(k)、Tatzma the Joyful(g)
(Photo:JUNYA "Thirdeye" S-STEADY)
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ミュージシャンとエンジニアが語る360 Reality Audio
みんなで曲を作ってアップデートしていく感覚
WH-1000XM5を共通のモニターとして使用
「Trailblazer」は、音だけでなく映像も含めて360 Reality Audio作品として作り上げる前提で制作がスタートした。バンド・メンバーが制作を進め、360 Reality Audioの制作経験があるGeGがアドバイスをしながら進行したという。
「GeGさんから“誰が聴いても驚くような音源を360 Reality Audioとのコラボで作れたら面白いんじゃないか”と話が飛んできて」と話すのはギタリストの山岸竜之介。
「僕がヒップホップとバンド・サウンドを融合させたようなメモ・スケッチを作って、そこに各メンバーが担当楽器でイメージする360 Reality Audioの音を作りました。例えば、キーボードの中村エイジ君が“こういうピアノの音が合うんじゃないかな”と入れてくれるみたいな感じです。G.B.'s BANDは全員、個人でも作曲やプロデュースをしますが、G.B.'sでの共通意識として“GeGさんがプロデュースするならきっとこういうものになるだろう”と考えているんです」
この作品でレコーディングから360 Reality Audio制作までを手掛けたのは、エンジニアの沢田悠介だ。
「360 Reality Audioを含め、イマーシブ・オーディオのキーワードは“マルチスピーカー”です。いろいろなところに分離よく音が散りばめられるので、一つ一つの楽器の表情を聴かせやすいですし、ステレオのように2台のスピーカーにすべてを任せる必要もありません。特に低音は、複数のスピーカーに分散できるので無理なく音圧を出せますし、ほかの帯域をマスキングする心配も少なく、ストレスのない低音作りが新鮮でした。僕がたたきを作った段階で、映像班も含めてチーム全体で音像を決められたのも面白かったです」
(Photo:Chubin Watanabe)
制作中のモニター環境も今作の大きなポイントだという。
「全員が常にスタジオでは聴けないですし、リスナーはヘッドホンやイヤホンで聴くので、ソニーのヘッドホンWH-1000XM5を共通で使いました」と沢田。山岸も「モニター環境をそろえたのはやりやすかったです。音を詰めるときも、例えば2kHzが抜けている、抜けていないという話になったときに、全員同じ2kHzが聴こえているはずですし」と話す。モニター環境の統一は円滑な制作進行に一役買ったようだ。
(Photo:Hiroki Obara)
動かしたいフレーズのドラムをバラで録る
「Trailblazer」は各パートで360 Reality Audio特有の音作りが施されている。まずは山岸にドラム録音の話を聞こう。
「竹村仁君のドラム録りでは、ベーシックの録音と別に、動きを付けたくなりそうなフレーズをパート別でバラバラに録ったんです。そのフレーズのキックだけ、スネアだけ、タムのフィルを2回ずつだけ、というように分けて録りました」
ギタリストのTatzma the Joyfulは「360 Reality Audioで鳴ったら面白そうな効果音のようなギターの音を幾つか入れました。テケテケテケという音がすごい移動するとか」と、音色選びの工夫を語る。それについて沢田はこう考察する。
「脳は回転する音に慣れていないので最初は頭がついていかないんです。聴き慣れると前後の移動や横回転も認識できるんですけどね。だからヤマさん(Tatzma the Joyful)の入れてくれた音は脳のアップデートに良い音でした」
ベーシストの林拓也は「G.B.'s Bandらしさを出すために、今回はシンセ・ベースを使いました。基本は土台を支える役割ですが、オブジェクトとして配置して面白くなるように、フレーズにトレモロをかけて揺らしたりもしています。ベース以外にも360 Reality Audio的に分かりやすい音を入れたくて、時計のループ素材を回転させるのも提案しました」と話す。このアイディアは沢田のミックスに重要な影響を与えたそうだ。
「実はそれがきっかけで“G.B.'s BANDが時代を引っ張る”という物語をテーマにしました。時計の音は曲中で一貫して回っているんですが、最初は反時計回りで、盛り上がるところで時計の音がバンドを追いはじめ、最後のサビでは順時計回りになる。360 Reality Audioだからできた表現でした」
(Photo:Chubin Watanabe)
ステレオ・ミックスと違う引き出しが増えた
最後に、360 Reality Audio制作を振り返って総括してもらったところ、林は「今回はインストだったので、歌モノもやりたいです」と話し、Tatzma the Joyfulからも「ギターでアルペジオを1本ずつバラして録って音が広がるみたいな表現も試してみたいです」という言葉が出てくるなど、今回の制作を経て、さらに今後のアイディアが広がった様子がうかがわれた。
山岸は今回の制作体制についてあらためてこう振り返る。
「360 Reality Audioでいろんなアイディアを盛り込むには、エンジニア、アレンジャー、作曲家、プロデューサーが一緒になって作る必要性を感じました。みんなで曲を作ってアップデートしていくのはGeGさんも好きなので、そういう意味で360 Reality AudioとG.B.'sの感覚が合った気がします」
沢田もエンジニア視点で大きい収穫があったようだ。
「演奏者も同じかもしれませんが、ステレオ・ミックスと違う引き出しが増えたので、今まで素通りしていた表現方法がピックアップの対象になりそうです。アレンジャー、作曲家、プレイヤーの中に一歩入って環境をGeGさんにいただけたので、継続して面白いことをしたいです」
360 Reality Audio制作テクニック
(Photo:Hiroki Obara)
「Trailblazer」はレコーディングから360 Reality Audio制作までをエンジニアの沢田悠介が一貫して手掛け、沢田が作ったたたき台を基に、G.B.'s BANDのメンバーや映像チームと共に映像の見せ方も考慮しながら音像を構築していった。
360 Reality Audio制作プラグインの360 WalkMix Creator™画面を見ると、本作のオブジェクト数は101個。特にドラムは細かくオブジェクト化されていて、動きをつけるフレーズは各パート単体でレコーディングを行ったという。また、マルチスピーカーならではの特性を生かし、特に低音はより多くのスピーカーで分散して担えるよう、シンセ・ベースの配置も工夫している(Pointにて後述)。
G.B.'s Band「Trailblazer」 360 WalkMix Creator™全景
Point:スピーカー位置に合わせてシンセ・ベースを4オブジェクトで表現
ソニーシティ大崎L05Cのスピーカー構成に合わせて、上段5台、耳の高さに7台、下段3台の計15台のレイアウトを想定して制作。林拓也が演奏するシンセ・ベースを4つのオブジェクトに複製し、複数のスピーカーで低音を鳴らせるよう、後方の球体下部に2個、正面よりやや下に1個、球体上部に1個配置した。メインは正面の黄色いオブジェクトで、前方中段+下段の6台(黄枠)が鳴るように配置。後方のオブジェクトは後ろのスピーカー(白枠)で包み込まれるように位置を決めている。上方のオブジェクトは“低音を上から鳴らすと不安感をあおる”という音響心理学に基づいた配置を試してみたという。