360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用した音楽体験。この“360 Reality Audioメイキングラボ”では、制作を手掛けるエンジニアやクリエイターのノウハウを深掘りする。今回は2〜3月にかけて60曲近く公開されたオフィスオーガスタ関連の作品群を紹介。企画の中心人物である同社の森本知之と向井康太郎にその詳細を聞いていく。
Photo:Takashi Yashima(メインカットを除く) 取材協力:ソニー
オフィスオーガスタ作品情報
オフィスオーガスタ『Augusta Camp 2024』
(ユニバーサル)
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さかいゆう『PASADENA』
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プレイリスト『オーガスタの360 Reality Audio』
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制作チームが語る360 Reality Audio
オーガスタの音へのこだわりを360 Reality Audioでアピールしたい
良いコンディションの音をずっと聴いていられる
まずはAugusta Campのプロデューサーで、さかいゆうのマネージャーでもある向井が企画の概要を教えてくれた。
「ソニーさんとは、2022年から360 Reality Audioでご一緒していて、その長期的なプランの一貫として『Augusta Camp 2024』と、既存曲のプレイリスト、さかいゆうのアルバム・レコーディングの3企画が同時期に動きだしました」
『Augusta Camp 2024』は、昨年9月に富士急ハイランドのコニファーフォレストで行われた音楽イベント。360 Reality Audioを見据えたライブ・レコーディングが行われ、YouTubeとAmazon Music Unlimitedで配信中だ。
「屋外のイベントでこういった臨場感のある聴こえ方になるのはすごいと思います」と向井。同イベントの音源制作担当ディレクターの森本も「現場での良いコンディションのときの音をずっと聴いていられるようなミックスです」と話す。
続けて森本が、さかいゆうのオリジナル・アルバム『PASADENA』も360 Reality Audio化を前提に作られたと話す。
「ニューヨークで録った15周年記念のベスト・アルバムに続く企画で、本人のルーツに立ち返って、住んでいたLAのパサデナという町で現地のクリエイターと作った作品です。その際、現地のクリエイターやプロデューサーにも360 Reality Audioのデモを体験してもらい、一緒に曲を作りました」
当時のアレンジのまま聴こえなかった音まで聴ける
Amazon Music Unlimitedでは、プレイリスト『オーガスタの360 Reality Audio』も公開開始。この企画に向け、同社の過去作品から30曲以上の360 Reality Audioが新たに制作された。森本はこのプロジェクトの旗振り役も担ったという。
「オーガスタの音へのこだわりを360 Reality Audioを通してアピールできたらと思い、ヒット曲をちりばめながら選曲しました。テープから起こした曲から最近の曲まで多種多様な曲が並ぶので、なるべく原曲の意図を損なわないまま、360 Reality Audioの広がり感に包まれて音楽体験がより豊かになるようにミックスをお願いしました。アーティスト自身も、思い入れを持つ曲たちが新たな聴かれ方をするコンテンツに生まれ変わるのは、これまでにない体験だったと思います。クリエイティブな刺激を受けていた印象でした」
向井が感動したと話すのは、山崎まさよしの「セロリ」。1996年にシングルとして発売され、SMAPがカバーした楽曲だ。
「山崎はライブでもオリジナルのアレンジは再現しないんです。360 Reality Audioでふくよかになったことで、元のアレンジのまま当時聴こえなかった音まで聴けて感動しました」
森本は一連の取り組みに効果を感じはじめているという。
「2月の『Augusta Camp 2024』配信後、Amazon Music Unlimitedでスキマスイッチ「Ah Yeah!!」の再生回数が明確に伸び、今までの360 Reality Audioの取り組みが実を結びはじめたと実感しました。今後はさかいゆうの本家NPRの『Tiny Desk Concerts』出演に絡めた施策なども企画中です」
向井も「ここ数年でアーティストの意識も変わってきているはずです。それがオーガスタ以外のところにも広がって、“オーガスタは初期からやってたよね”みたいに返ってきたらうれしいですね」と今後の広がりに期待を膨らませた。
エンジニアが語る360 Reality Audio
360 Reality Audioをかっこよく作れたらDolby Atmosもかっこよく聴こえる
続いて話を聞いたのは、この一連の企画の360 Reality Audio制作を手掛けたソニー・ミュージックスタジオ所属のエンジニア、奥田裕亮(写真左)と米山雄大(同右)だ。2人が担当した60曲近くの360 Reality Audio制作を語る。さらに奥田が編み出した画期的な制作手法にも注目してほしい。
ステムからデジタル・マルチまで多種多様な素材
奥田と米山の作業は、これまで手掛けてきた作品を踏まえて分担。『Augusta Camp 2024』は奥田、さかいゆう『PASADENA』は米山、プレイリスト『オーガスタの360 Reality Audio』はアーティストを割り振って作業を振り分けたという。特にプレイリストは1990年代から直近の楽曲までが並ぶため、元となる素材もさまざまだったそうだ。
「ほとんどはオーガスタさんで用意していただいたステムから始めましたが、中にはソニーのPCM-3348で録音されたマルチテープをデータに起こすところから始めたものもありました」と奥田。その代表例が山崎まさよしの名曲だ。担当した米山に話を聴こう。
「山崎まさよしさんの「月明かり」「セロリ」「僕はここにいる」「心拍数」はデジタル・マルチをアーカイブし、音色やパンニングを原曲のステレオに合わせてから広げました。当時のステレオ・ミックスの研究として、原曲を音源分離して各楽器の音量や音色を確認し参考にしました」
その一方で米山はさかいゆうの最新アルバム『PASADENA』の360 Reality Audio制作も担当した。
「作品のクオリティが高く、作業がすごく楽しかったです。ステム・データ作成の段階で広げることを意識して作っていただけていたので、自然に広げられました。同時配信のステレオとの違いを見つけてもらえると、より楽しんでもらえると思います」
360 Reality AudioとDolby Atmosの同時制作
そして、この企画の制作で最も大きなトピックと言えるのは、奥田の新たな挑戦だろう。
「今回は“Dolby Atmosも同時に作ってください”とオーダーをいただいたので、“360 Reality Audioをかっこよく作れたらDolby Atmosもかっこよく聴こえる”という発想から、両方同時に作る方法を考えました。同じセッション内で360 Reality Audio用とDolby Atmos用のルーティングを別系統で作り、それぞれ別のEQやコンプをかけて調整しました。360 Reality AudioとDolby Atmosが、ヘッドホンでもスピーカーでも大体同じように鳴ることを目指して360 Reality Audioで気持ち良い配置を決め、Dolby Atmosでもその音の鳴り方に近くなるような場所へAVID Pro Toolsの標準パンナーで配置しました。制御が煩雑にならないように、Dolby Atmosはほぼオブジェクト・ベースで管理しています」
米山も同じ手法を採用。「常にオリジナルを聴ける状態にして何度も聴き比べながら作業しました。まずスピーカーで差異がないか確認し、続いてモニター・ヘッドホンのMDR-M1STでDolby Atmos Rendererを通った音と、360 WalkMix Creator™のヘッドホン出力で聴く360 Reality Audioの違いを調整しながら作りました」と確認の工程も併せて語った。
最後に360 Reality Audioの魅力について「広げることで聴こえてくる音が増えてくるのが360 Reality Audioの良いところ」だと話す米山。続けて奥田もその思いをこう語った。
「名曲と言われる楽曲が360 Reality Audioになっているので、ぜひステレオとの違いを楽しんでいただければと思います。ステレオを尊重したとは言え、360 Reality Audioになったときの雰囲気は別物だと思うので、その広がりやイマーシブと言われる空気感を楽しんでいただきたいです」
『オーガスタの360 Reality Audio』制作テクニック① by 奥田裕亮
ステレオよりキャンバスが広い360 Reality Audioでは、水平線より下のほうにドラムやベースなどの低域が多い楽器で音像をある程度配置し、その土台の上に各楽器が乗るようにすると、楽器が明瞭に生きてくるという。さらに、ステレオでの意向を尊重しつつ効果的に広げるため、奥田は「ボーカルの息遣いやニュアンス、ギター・ソロなど、ステレオで聴かせどころになっている部分の印象は残しつつ、全体的に包まれたように聴こえることを意識して作った」と話す。
福耳「10 Years After」 360 WalkMix Creator™全景
Point:360 Reality AudioとDolby Atmosを1セッション内で同時制作
①素材のトラックを整理しステレオの音に近づける
福耳「10 Years After」は、48trのマルチテープをデータに起こすところから作業を開始。AVID Pro Toolsにマルチトラックとして立ち上げ、原曲と音色が近くなるよう、リバーブや音量などの調整を行ったステム・トラックを用意。360 Reality AudioとDolby Atmosを同時に制作するため、セッション内には、360 Reality Audio制作用のバスと、Dolby Atmos制作用のバスをセット。原曲のステレオ・ミックスのバランスに近づけた状態のステム・トラックをそれぞれのバスに送ることで、1つのセッション・データ内で完結している。
②360 Reality Audio用ルーティング
ステム・トラックから360 Reality Audio用に送られたトラックは、2段階で調整。最初に送られるのが左画面のバスで、ここでは360 WalkMix Creator™に送る前段階のEQや音量などの調整を行う。その後段が右画面のバスで、ここで360 WalkMix Creator™をインサートし、従来の制作と同様に、360 WalkMix Creator™によるミックスを行う。
③Dolby Atmos用ルーティング
先述の360 Reality Audio用バスとは別系統で、Dolby Atmos用のバスを用意。左画面のバスが前段で、AVID Pro Tools標準搭載のパンナーでオブジェクトを配置。右画面は各オブジェクトのマスター・フェーダーで、前段でフェーダー・バランスを調整した後に追加でEQやボリュームなどの調整を加えられるように用意しているものだという。
④360 Reality AudioとDolby Atmosを聴き比べながら調整
以上の設定後、360 Reality AudioとDolby Atmosでの音色を近づけるため、各ソフトウェアを並べて聴き比べながら制作を進める。画面左上が360 WalkMix Creator™のパンナーで、その下が同ラウドネス・メーター。右上はPro Tools付属のDolby Atmos Rendererで、Atmos用ラウドネス・メーターには画面中央のIZOTOPE Insightを使用する。
作品情報
プレイリスト『オーガスタの360 Reality Audio』
【収録曲】*アーティスト名五十音順 *内容は変更になる可能性がございます
- 杏子:「DISTANCIA〜この胸の約束〜<20Years After Ver.>」「30minutes」「マッチ売りのシンデレラ」「VIOLET」
- 杏子with 秦 基博&さかいゆう「Down Town Christmas(Reprise)」
- さかいゆう:「よさこい鳴子踊り」「君と僕の挽歌 New York Ver.」「Gotta Get Up feat. magora」「アイのマネ」
- スキマスイッチ:「全力少年」「ボクノート ~for 20th Anniversary with Orchestra~」「ゴールデンタイムラバー」「奏(かなで) Live at Asylum Chapel(South London)」「逆転トリガー」「Lovin' Song」「藍 Live at Asylum Chapel(South London)」
- 長澤知之:「P.S.S.O.S.」「蜘蛛の糸」「僕らの輝き(Piano ver.)」
- 元ちとせ:「ワダツミの木」
- 元ちとせ × さかいゆう:「KAMA KULA」
- 福耳:「10 Years After」「LOVE & LIVE LETTER」「イッツ・オールライト・ママ」「ブライト」「八月の夢」「愛を歌う(大野雄二 × 常田真太郎(スキマスイッチ)× 福耳)」「Swing Swing Sing」
- 松室政哉:「今夜もHi-Fi」「愛だけは間違いないからね」「フレンチブルドッグ」
- 山崎まさよし:「セロリ」「月明かりに照らされて」「空へ」「心拍数」「僕はここにいる」「フリト」「メヌエット」「未完成」「Updraft」
- ルイ:「運命の蜜」「ブルーアワー」「愛の囚人たち」
『Augusta Camp 2024』制作テクニック by 奥田裕亮
『Augusta Camp 2024』は、オーガスタ所属のエンジニア佐藤洋介からデータを受け取ったという奥田。ステレオで作った音色のマルチデータのほか、生のレコーディング素材も受け取り、オーディエンスのデータを活用して会場の広がり感を追求した。また、奥田はボーカルをセンターからしっかり出すことを重視し、そのための手法として、L/RのステムをPENTEO SURROUND Penteo Pro+でL/C/Rにアップ・ミックス。球体正面に配置されたボーカル・オブジェクト(赤色)により、センターからもボーカルが明瞭に聴こえる。
スキマスイッチ「Ah!Yeah」360 WalkMix Creator™全景
Point:素材から必要な成分を抽出オーディエンスで会場感を出す
富士急ハイランド・コニファーフォレストで行われた『Augusta Camp 2024』の360 Reality Audioは、各ボーカルや楽器の演奏がクリアに聴こえ、かつ屋外のライブ・イベントならではの空気感が伝わる仕上がりとなっている。この会場の広がり感を出すために、奥田はオーディエンス素材をソニーの音源分離技術を使い、必要な成分を分離して後方に配置することで、臨場感を出している。
作品情報
VARIOUS ARTISTS
『Augusta Camp 2024 (Live)』
(ユニバーサル)
- 運命の蜜(ルイ)
- LOVE & LIVE LETTER(福耳)
- バス待ち(COIL with 山崎まさよし&常田真太郎)
- Forever Young(竹原ピストル)
- 蜘蛛の糸(長澤知之 with さかいゆう)
- Ah Yeah!!(スキマスイッチ with 松室政哉)
- フレンチブルドッグ(松室政哉)
- フリト(山崎まさよし)
- 目を閉じておいでよ(杏子 with 大橋卓弥)
- 負けるもんか(杏子)
- KAMA KULA(さかいゆう with 元ちとせ)
- ストーリー(さかいゆう)
- 薔薇とローズ(さかいゆう with 福耳)
- 星のかけらを探しに行こう Again(福耳)
さかいゆう『PASADENA』制作テクニック by 米山雄大
米山が「ステムの段階で広げることを意識して作っていただいた」と話すように、『PASADENA』は360 Reality Audio制作を前提に制作が進行。同時に進行したほかの企画と同様のオブジェクト配置を踏襲しつつ、クワイアや楽器の演奏が気持ち良く広がる仕上がりとなっている。下記で紹介する「Gotta Get Up feat. magora」はYouTubeでMVと共に360 Reality Audioが視聴できるので、そちらもチェックしてほしい。
さかいゆう「Gotta Get Up feat. magora」360 WalkMix Creator™全景
Point:クワイアをアップ・ミックス ステレオの雰囲気と広さを両立
楽曲中で存在感のあるクワイアは、2chにまとまった状態の素材を受け取ったといい、それをプラグインのNUGEN AUDIO Halo Upmixで5chにアップ・ミックスして配置。加えて、360 Reality Audio特有の広がりを感じさせるために、後ろで多く鳴るような場面を作るなど、配置に工夫を施した。元素材がリバーブ付きのステムということもあり、ステレオでの雰囲気を保ちつつも広い空間を作ることができたという。
作品情報
『PASADENA』
さかいゆう
(ユニバーサル)
- PASADENA
- Definitely
- Gotta Get Up feat. magora
- 甘くない危険な香り
- アイのマネ
- What About You feat. Kダブシャイン
- 諸行無JOY
- Understanding feat. PUSHIM <Bonus Tracks>
- 縄文のヒト
- 虫
- 蘇州夜曲