360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用した音楽体験。この“360 Reality Audioメイキングラボ”では、その制作のノウハウを深掘りする。今回注目するのは、2023年リリースの坂本龍一『12』。来る2024年12月に日本での配信が決まった360 Reality Audio版は、坂本自身の監修を経て制作されていた。そして、それは坂本の生前最後のスタジオ・ワークであったという。その制作をあらためて追っていこう。
Photo:Neo Sora ©2022 Kab Inc 取材協力:ソニー
作品情報:坂本龍一『12』
坂本龍一『12』
(commmons)
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- Amazon Music Unlimited *360 Reality Audio版は近日公開予定
<関連作品>
Amazon Music Unlimited - 坂本龍一 『Opus』
*360 Reality Audio版も配信中
エンジニアが語る360 Reality Audio|Kenta Yonesaka
坂本直筆のメモとボイス・メモでフィードバック
『12』の360 Reality Audio制作が行われたのは、ニューヨークにある老舗レコーディング・スタジオのThe Hit Factory New York。そこでチーフ・エンジニアを務めるKenta Yonesakaが制作を手掛けたとのことで、彼に話を聞いた。
「『12』の360 Reality Audio制作では教授(坂本)とは直接お会いしていませんが、以前からThe Hit Factoryで作品を多く手掛けていらしたので、映画『怒り』や『レヴェナント: 蘇えりし者』などのサウンドトラックでは、アシスタント・エンジニアとして携わりました。教授はとにかく“優しい方”という印象でしたね。ニューヨークの音楽シーンにどれだけ長く深く携わっていたかというエピソードを伺ったりもしました」
『12』の360 Reality Audio制作が行われたのは2022年末。作業環境としては、GENELEC 8040Bが13台並んだモニター環境で、AVID Pro Toolsと360 WalkMix Creator™を使って制作し、ヘッドホンはプロファイルを持っていたソニーのMDR-Z7M2を使っていたという。
「僕は既存曲の立体バージョンを作る場合、ステレオ・ミックスの意向を変えずにミックスするので、『12』も最初はその方向で制作しました」と話すYonesaka。そのデータを坂本は日本のソニー・ミュージックスタジオにある13台のスピーカー環境で試聴し、後にフィードバックを送ったという。
「教授が聴いた、という話を聞いた後、教授から“We have some notes.”って“変更点あります”みたいな感じで来て。直筆で書かれた変更点や教授の声でボイス・メモもいただいたのですが、時期的なこともあり、結構ディープでしたね。コンセプト的には、僕は天体が回るような動きというふうに受け止めました。いろんな惑星にそれぞれの周期があって少しずつ空が変化するように、オブジェクトがゆっくり交差して音色の変わり具合を楽しむイメージで修正しました」
曲の展開によって音の場所が変わっていく
『12』は、360 Reality Audioを元にDolby Atmosも制作された。その手法についてYonesakaに聞く。
「僕は、Dolby Atmosをミックスするときも360 WalkMix Creator™をミキシング・コンソールのような感覚で使っているんです。7.0.4+2Bのスピーカー・レイアウトで書き出したものをDolby Atmosのベッド・トラックとして使う感じですね。上下左右のオブジェクト配置方法も感覚的に合っているし、このほうが音が良いと感じているんです」
最後に、360 Reality Audio版『12』の仕上がりをこう語る。
「『12』は教授がその日の気持ちをご自身とのジャム・セッションで表したような作品で、身軽さがありつつもすごく重みがあって好きです。僕自身、ミニマルな音の要素で壮大なものを作る音楽が大好きで。あらためて聴き直して、急なギミックに気づかせるようなものでなく、曲の展開によって音の場所が変わるコンセプトはすごく面白いと思いました」
次項では、場所を移し、ソニー・ミュージックスタジオでのスタジオ・ワークについて紹介していこう。
エンジニアが語る360 Reality Audio|原田しずお
Yonesakaによってニューヨークで作られた360 Reality Audio版の『12』。その仕上がりを、坂本は乃木坂にあるソニー・ミュージックスタジオで確認した。2022年末に2度にわたり行われ、坂本の生涯最後のスタジオ・ワークとなった当時の様子を、立ち会ったエンジニアの原田しずおに聞いた。
“シンセは動いても良いかもしれない”
「坂本龍一さんご本人に360 Reality Audioのチェックをしていただく機会を設けるにあたり、日本でチェックをしたいということで、坂本さんの要望に対する調整を僕が対応させていただくことになったんです」と原田は当時を振り返る。
坂本による最初のチェックは2022年12月2日に実施。坂本の作品が360 Reality Audioになったのは『12』が初めてだった。坂本はステレオの音像を好み、ニューヨークでの制作前もYonesakaへ“ステレオでできている定位を絶対に動かさないでほしい”とオファーしたそうだ。しかし坂本は1曲ずつ時間をかけて360 Reality Audioを聴くと、“シンセは動いても良いかもしれない”という旨の発言をしたという。
「そこで、シンセがゆっくり動くような360 Reality Audio作品の参考として、砂原良徳さんの『LOVEBEAT』を聴いていただいたんです」
そのようなスタジオ・ワークを経て、坂本はその場でメモを取っていたという。そこに描かれていたのは、自らのイメージを書き記したと思われる球体や回転を示したような図であった(下の図)。そして、“ニューヨークのエンジニアに伝えておくから”と言ってその日は帰って行ったという。ところがその後、坂本は体調を崩し緊急入院することに。
完成図を持ってイメージに近づけようとしていた
坂本の回復を待ち、2回目のスタジオ・ワークは約20日後の12月22日に行われた。その間に、ニューヨークから修正済みデータが原田の元に届いた。
「最初のデータはオブジェクトの動きがなかったのですが、2回目に来たデータは、じんわりと上下や横方向に動きが付いた状態でした。坂本さんは360 Reality Audioをディレクションされる機会がそれまであまりなかったはずですが、“このオブジェクトの距離感は、もう少し近い方が動きとしては見えやすいよね”とか、“オブジェクトを配置する中での位置感としては、こういったほうが効果的なんじゃないかな”と僕に問い合わせていただく内容が、すごく的を射ていたんです。常に新しい技術などを誰より早く取り入れてきた坂本さんだからこそ、効果的なところにすぐに思考が行っていたことには感銘を受けました」
実際に聴いてからの調整については「“少しせわしなく聴こえるから少し回転を緩くしたい”とか、“上から下への動きをもう少しゆっくりにしてみたい”と言われた印象はあります。“これ、さっきの曲みたいに、上下の動きをちょっと足したら面白いかもね”というご提案も数曲ありましたね」という原田の回想からも積極的に調整を行った坂本の姿が思い浮ぶ。さらに「自分の中で完成図をすごくしっかり持ってらっしゃって。ご自身の目指す音像をこの360 Reality Audioの中に落とし込んで、より自分のイメージしたものに近づけようとしていたような印象がありますね」と続けた。坂本の意思が詰まったこの360 Reality Audioをぜひ体験してほしい。
Exhibition『sakamotocommon GINZA』
*会場内で『12』の360 Reality Audioを体験可能
会期:2024年12月16日(月)〜12月25日(水)
会場:Ginza Sony Park
入場:sakamotocommonクラウドファンディングへの参加者
坂本龍一が遺したものを共有し文化の発展に寄与することを目指す“sakamotocommon”(サカモトコモン)の立ち上げに伴い、その活初号プロジェクトとして『sakamotocommon GINZA』をGinza Sony Parkプロジェクトとともに、グランドオープン前の工事中のGinza Sony Parkで開催。会場内「Ryuichi Sakamoto Field recording & 『12』 by 360 Reality Audio + Sakamoto library」では、この記事で紹介した『12』の360 Reality Audioに加え、坂本が長年録りためてきた未発表のフィールド・レコーディング音源も360 Reality Audioとしてスピーカー環境で体験できる。
Exhibition『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』
会期:2024年12月21日(土)〜2025年3月30日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F、他
坂本龍一の大型インスタレーション作品を包括的に紹介する、国内最大規模の個展。坂本の創作活動における長年の関心事であった音と時間をテーマに、未発表の新作を含む没入・体感型サウンド・インスタレーション作品を屋内外に構成/展開する。