半世紀間プロオーディオを支え続けるガンマイクSennheiser MKH 416
1975年の発売以来、映画/テレビ/ラジオから屋外取材まで、さまざまな現場を支えてきたガンマイクのSennheiser MKH 416。スーパーカーディオイド/ローバー型の指向性RFコンデンサーマイクとして、長年にわたり“業界スタンダード”の座を不動のものにしていると言っても過言ではないでしょう。今回50周年の節目にあたり、記事の序盤ではMKH 416の概要や歴史を改めて振り返りつつ、本編では音響エンジニアの内村和嗣氏にお話を伺いその魅力を深く掘り下げます。
- 半世紀間プロオーディオを支え続けるガンマイクSennheiser MKH 416
- プロの現場を支える“ガンマイクの定番”
- 誕生から進化まで 〜MKH 416の歴史をたどる
- MKH 416の特徴
- MKH 416の主要スペック
- エンジニア内村和嗣氏が語る、業界標準ガンマイクの革新性
プロの現場を支える“ガンマイクの定番”
Sennheiser MKH 416は、映画・ドラマの制作、テレビ中継や屋外取材といった放送などのプロフェッショナルな現場で長年にわたり“定番”と謳われているガンマイク。干渉管(インターフィアレンスチューブ)方式を採用し、音源に対して高い指向性と明瞭度を発揮するうえ、RFコンデンサー方式による優れた耐湿性と低ノイズ性能が大きな特徴です。
誕生から進化まで 〜MKH 416の歴史をたどる
MKH 416は1975年に発売されて以来、プロフェッショナルな録音環境で標準的なマイクとして確固たる地位を築いてきました。その歴史は、放送や映画制作における音響技術の進化と共に歩んできたもの。ここでは、MKH 416の歩みを振り返ってみましょう。
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1960 ~ 1970年代前半
Sennheiserは1960年代にRFコンデンサーマイクの技術(MKHシリーズ)を開発・製品化し、屋外使用にも耐える高耐候性と低ノイズを実現。1964年にはRFコンデンサー技術と干渉管原理を組み合わせたMKH 804とMKH 805を発売。1970年には干渉管の長さをテレビや映画などの現場音声収録に最適化させた全く新しい「短いショットガンマイク」MKH 415 Tが誕生しました。 -
1975年:MKH 416 P48の登場
1975年、それまで一般的だった12VのAB電源に変わってスタジオを中心に普及し始めていたファンタム電源(48V)に対応したMKH 416 P48が発売されます。このモデルにより、多くのスタジオ音響機器とも簡単に組み合わせられるようになり、各地の映画・テレビ制作現場で標準的に使用されるようになりました。 -
1980 〜 1990年代
Sennheiserは製造工程に表面実装技術(SMD)を導入、MKH 416の基板も改良されます。また表面実装技術と新たなプッシュプルカプセルを搭載したMKH 60などの新たなラインナップも追加されます。その中でもMKH 416はバランスの良いサイズ・音質・信頼性を持つモデルとして映画やドキュメンタリーの現場での使用が急増し、特にハリウッドの映画制作において定番のマイクとなりました。 - 2000 〜 2020年代
デジタルオーディオの普及に伴い、MKH 416の用途も拡大。特にポストプロダクションにおける整音作業において、MKH 416の音質の安定性と優れた指向性が重宝されるようになりました。また、YouTubeやポッドキャストなど新たなメディアプラットフォームが台頭する中、こういったシーンのクリエイターたちからもMKH 416は支持を受けます。2011年には、MKH 416の後継機としてMKH 8060も登場し、ラインナップが拡充されていますが、MKH 416は“定番のガンマイク”として多くのエンジニアや映像制作の現場で使われ続けています。
今後もプロフェッショナルの現場で活躍し続けるMKH 416。50年の歴史を持つこのマイクが次の50年でどのように進化していくのか、期待が高まります。
MKH 416の特徴
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高指向性
干渉管の設計により、MKH 416は狙った音源をクリアに捉え、周囲の騒音や反射音を抑制。セリフ収録などでは子音の抜けがよく、屋外でもノイズに負けない明瞭な音質を得られるとのこと。 -
高い耐湿性
MKH 416は、RFコンデンサー方式によって湿度の影響を受けにくい構造を持つ。野外収録や高湿度環境下でも安定した動作を保ち、結露やノイズ発生リスクが少ないと言います。 -
優れた堅牢性
軽量かつ頑丈な筐体のMKH 416。放送現場や映画撮影などの頻繁な持ち運び・設置転換にも耐えうる信頼性を誇ります。 -
豊富なアクセサリーに対応
ウインドスクリーン、サスペンションホルダーなど多数の純正/サードパーティ製アクセサリーが入手可能です。
MKH 416の主要スペック
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指向特性:スーパーカーディオイド/ローバー
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周波数特性:40Hz~20kHz
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変換方式:RFバイアスコンデンサー
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開回路感度:25 mV/Pa(1 kHz)
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等価雑音レベル:13 dB(A)
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最大音圧レベル:130dB SPL
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電源:48Vファンタム電源
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接続端子:XLR(3ピン)
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外形寸法:φ19 × 250mm
- 重量:175g
- 本体カラー:マットブラック
- 動作温度範囲:−10 ~ +70℃
エンジニア内村和嗣氏が語る、業界標準ガンマイクの革新性
MKH 416が誕生して50周年を迎えた今、その革新性と普遍的な価値を改めて見直す機会となった今回のインタビュー。プロのエンジニアが認める“業界標準”の秘密を、内村氏に伺ってみよう。
MKH 415からMKH 416へ
MKH 416のルーツをたどると、まずは“MKH 415”という先代モデルが存在するという内村氏。
「当時は48Vファンタム電源が普及する以前に用いられていた“AB電源(トナダー電源/12V)”に対応するMKH 415がありました。その後48Vファンタム電源対応モデルのMKH 416 P48とAB電源対応のMKH 416Tがリリースされました。Sennheiserは、MKH 415デビューの当初から従来にはないコンパクトなガンマイクを実現していました」
内村氏は、当時の印象をこう振り返る。
「この形状が登場したこと自体が革命的だったと思います。映画やテレビの撮影現場でブームに装着して画角の外から狙っても音がクリアで、ボディが細いため影も出にくい。当時はここまでスリムで小型化されたガンマイクは他には無かったはずです。当初はシルバーボディでしたが、のちにブラックモデルへ変更され、外観は若干変化しましたが、音質と指向特性の核心部分はその後も揺るがず、今でも世界中のプロフェッショナルから支持され続けています」
高い指向性と優れた軸外特性
現在でも、MKH 416が“業界標準”と呼ばれる最も大きな理由の一つに、指向特性の素晴らしさがあるという内村氏。
「ガンマイクは、筒状の本体の側面にあるスリットから生じる位相干渉によって、狙った音源に対して鋭い指向性を確保する設計ですが、通常はその分“軸外特性が乱れやすい”というデメリットが考えられます。スーパーカーディオイドやハイパーカーディオイドのマイクは、メイン軸を外れた音が不自然に色付けされることが否めないケースが多くあります。しかしMKH 416は軸外の音が入り込んだ場合でも非常にリニアに拾います。つまり、狙った音をクリアに、かつ周囲のアンビエンスが破綻しない。これこそ“プロが納得する最大のポイント”ではないでしょうか」
内村氏は、MKH 416の軸外特性がもたらすメリットについて大きく2つを挙げる。
「まずは自然なアンビエンスが収録できること。狙う音源以外の空気感も極端に変化せず、ポストプロダクション時のミックスもしやすいんです。次に、複数マイクとの相性が良いこと。ラベリアマイクや他社マイクと併用しても極端な音色の乱れが少なく、混ざり方に問題が起こりづらいんです。このことは、後のミックス作業でも扱いやすい音で録れるということなんです。背景のノイズやガヤがナチュラルなので、誤って収録時に極端なことをしなければ、ポストプロダクション作業でEQやノイズリダクションで変に苦労することが少ないですね」
屋外の現場で発揮される堅牢性と耐候性
内村氏は、MKH 416のもう一つの大きな特長として“堅牢性と耐候性”を強調する。
「これまで北海道で真冬の中のロケや、夏場の高温多湿な環境でも使用してきましたが、問題が起こることはありませんでした。極寒の外から急に温かい室内へ移動すると内部結露が起こる可能性が高いのですが、MKH 416はびくともしませんね。もちろん日常のメンテナンスは必要ですが、ホコリや水気に強い構造は非常に頼もしいです。さらに、Rycote製の“カゴ型”ウィンドシールドと“ウィンドジャマー”を組み合わせることで強風や雨天にも対応できる柔軟性は、特にドキュメンタリーなどの制作現場には欠かせない要素です。軽量かつタフなボディにより、長時間のブーム操作でもオペレーションがしやすく、スタッフの負担を大きく軽減してくれます」
内村氏が語るMKH 416の実践ノウハウ
鋭い指向性を備えるガンマイクである以上、マイクの向け方には注意が必要です。言葉やセリフを収録する場合、内村氏は“被写体の顔よりも胸元を狙う”ということを推奨しています。
「マイクと被写体の距離にもよりますが、顔を狙うとガンマイクの鋭い指向性は面積の小さな顔をすり抜けその後方まで到達します、従って後方にある音源や空間そして反射もピックアップします。また人の声は口元や顔から胸もとを含む体全体で鳴っています。胸付近は人体の中の大きな面積となるため声の響きも安定します。ブームを上方から差し込む場合は、特に頭上を通り越さない角度と距離感が大事ですね」
MKH 416の性能を最大限に引き出すためには、状況に応じたウィンドスクリーンやサスペンションなどのアタッチメントの使用が欠かせないという内村氏。
「ウィンドスクリーン無しでの使用がベストですがMKH 416にはさまざまなフィールド条件に対応する多くのアタッチメントが充実しています。まずウレタン製のウィンドスクリーンは、軽微な風やオンで使用する場合のポップノイズを効果的に抑えることができ、主に空調の流れが影響する屋内や風の少ない屋外収録を中心とする現場ではこれ一つで十分な効果を発揮します。一方で、カゴ型ウィンドシールドとウィンドジャマーの組み合わせは、強風はもとより雨粒がマイクに当たる音や雪による影響といった過酷な環境下でも安定した収音を可能にします。このセットによるアレンジメントは、野外ロケにおける定番中の定番ですね」
さらに内村氏は、こう続ける。
「ショックマウントは、ブームポールや手持ち使用時に発生しがちなグリップノイズを最小限に抑えるための重要なパーツです。物理的な振動が収音に与える影響を大幅に軽減し、マイク本来の繊細な指向特性と音質を損なうことなく収録が可能になります。これらのアクセサリーを的確に組み合わせることで、MKH 416はあらゆる現場環境に柔軟に対応し、その実力をいかんなく発揮してくれます」
MKH 416が50年を経ても愛される理由
内村氏はMKH 416の後継モデル、Sennheiser 8000シリーズ(MKH 8060やMKH 8070など)についても触れる。
「これらのモデルはよりハイレゾ対応を念頭に置いた最新設計ですが、それでもMKH 416を必ず現場に1本は持ち込むというエンジニアは数多く存在します。これはどういうことかというと、まずはMKH 416をセットして現場の“基準”を把握するんです。音質、音圧、雑味の入り方などを確認すれば、あとはほかのマイクとのブレンドを考えやすい。この信頼感はまさに“業界標準”たるゆえんでしょうね」
内村氏は「半世紀を超えてなお、新製品との併用でも輝きを失わない。その普遍的な音質バランス、指向特性の良さ、そしてタフネスこそが、MKH 416が業界定番のガンマイクとして君臨し続ける最大の理由でしょう」と語る。最後に若い世代には、このようなメッセージを残してくれた。
「MKH 416は、音響の基礎、特に映画やテレビ収録における音声の収録と音の伝わり方を実践的に学べる教科書とも言えます。狙う角度や距離がごくわずかに変わるだけで、レベル、位相や反射がどう変化するかがとてもよく分かります。MKH 4161本で音を捉える経験を積むことで、音源から発せられた音波の直接波と反射波がどの様な経路をたどってマイクに到達しているのかを判断できるようになります。これらの経験は他のあらゆるレコーディングのマイクアレンジやセッティングに応用できることでしょう。収録現場とポストプロダクション両面で、音の本質を理解するのにこれほど分かりやすいマイクはないと思います。ぜひ若いエンジニアにMKH 416で録る経験を積んでもらいたいですね」
ガンマイクの草分け的存在として、映画やTVの制作現場、さまざまなフィールドレコーディングにおいて、幅広い分野で欠かせない存在となったMKH 416。最後に内村氏はこのように締めくくる。
「半世紀にわたり、プロオーディオの最前線を支えてきたMKH 416の実力は、収録技術のデジタル化や高解像度化、さらには周辺機材の進化が進む現在においてもなお色あせることはありません。むしろ、多くのエンジニアがこのマイクを基点に音作りを組み立てており、MKH 416を使いこなすことは、収録現場の本質やポストプロダクションの要点を理解する近道でもあると言えます」
50年という歴史を重ねながらも、新技術の波に埋もれることなく輝き続けるMKH 416。その存在は、どんな時代にあっても変わらぬ“現場基準”の象徴として、多くのプロフェッショナルに選ばれ続けていくことでしょう。